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◆竜鱗の害獣退治(15)


一方、北の大国ホールドス国。
大国のトップに立つ若き王ホルドウェイは、玉座に座ったまま、重臣の話を聞き終わったところであった。
とっくに日は暮れ、窓の外には月が輝いている。

ホルドウェイは二十代前半の若き王だ。黒い髪に灰色の瞳を持つ彼は、容姿的には平凡と言えるだろう。
しかし、彼の内面は平凡ではない。彼は白竜ホースティンに選ばれ、十代で王位に就いた。以降、幾つもの混乱や争闘を乗り越えてきた。
大国の王という地位に立ち続けるのは簡単ではない。特にホールドス国は他の国々に比べて内乱が多い国と言われている。理由は多民族国家であることだ。民族間紛争が多いこの国は、常に争いの種を抱えている。
若き王はその内乱を、四大部族と呼ばれる大きな力を持つ民族から後継者を奪うことで抑え込んだ。つまりは各民族から人質を取ったのである。
それだけなら、権力者の間ではよくある手だが、ホルドウェイが普通じゃないところは、その後継者達を己に惚れ込ませたことだ。
その筆頭がリグだ。南のワーズ族出身で、類い希なる人材と呼ばれた彼は、ホルドウェイに惚れ込み、積極的に力になり、現在は王の片腕として知られるようになっている。やっかいな政敵も味方にすればこの上ない力となる例の一つだろう。

「部屋へ戻る」

ホルドウェイが立ち上がると、剣を片手に抱え、玉座にもたれるように座り込んでいた男が立ち上がった。黒い髪に黒い瞳を持つ鋭い眼差しの男は、騎士というより傭兵や暗殺者のような雰囲気がある。彼はホルドウェイの護衛だ。国王護衛として生まれた時から育てられたという彼は、いつもホルドウェイに忠実についてくる。

「ふぁ〜…」

あくびをかみ殺しながら肩の上に乗ってきたのは白竜ホースティンだ。
基本的にホルドウェイについてまわる彼は、ホルドウェイが玉座にいる間は玉座の横に設置されているクッションで眠っている。
ホルドウェイが大広間を出ると、通路の途中で本を片手に歩いてきた青年に会った。ホルドウェイと同じ黒髪だが長髪だ。肩の下あたりまである髪を首の後ろで一つに束ねている。
少し軽そうな雰囲気があるその青年は、ホルドウェイを見つけると、軽く挨拶をした。
国王に対する態度としては軽すぎるが、青年はそれが許されている。
彼はホルドウェイが玉座に着く前からの友人だ。形式上は妾扱いだが、プライベートでは対等な友人関係なのだ。

「おい、ホルドウェイ、お前、あいつを放置してるだろ。いいかげん許してやれよ」
「あいつ?」
「おいおい、忘れたのかよ。哀れすぎるだろ。ジョサイアだよ」
「あぁ……そういえばお仕置きの最中だった…」

今頃気付いたという顔をしたホルドウェイに友人ティーバは深々とため息を吐いた。

「お前、その仕事以外のことを簡単に忘れる癖、いいかげん直した方がいいぞ」
「ん……」
「仕事で疲れているのかもしれないが、忘れっぽすぎるのはどうかと思うぞ」
「ああ……」

有能な王も旧友には叶わない。素直に頷いた。

冷徹な王と評されるほど、感情を見せぬ公の顔と。
物忘れが激しいのんびり屋というギャップが激しい二面性を持つのがホルドウェイだ。
王としての彼はリグたちが助けている。
プライベートを助けるのがティーバの役目だ。少なくともティーバはそう思っている。
ティーバは平民の出だ。政務のことはよく判らない。しかし、友人としてのホルドウェイのことは子供の頃から知っている。だからこそ彼の側にいる。白竜に選ばれたが故に玉座につくことになった彼の心を守り助けるために。

「縛って、強い媚薬を塗り込んで、貞操帯つけてイケないようにしてるんだろ?」
「うん…」
「あんまりだろ。一度ぐらいは見に行ってやったんだろうな?」
「…………」
「まさか朝からそのままなのか?」

気まずそうに視線を逸らしたホルドウェイにティーバはため息を吐いた。
ティーバはジョサイアが苦手だ。傲慢でプライドが高いジョサイアはティーバと性格が合わないのだ。そのため、普段は極力関わらないようにしている。
それでもこの仕打ちにはさすがに同情してしまう。

「見に行ってやれよ……飲み食いもなしじゃ、さすがに死ぬぞ」
「いや、女官長にときどき見に行くように命じてある」

ティーバは顔を引きつらせた。
この城の女官長は初老の穏やかそうな女性だ。そんな女性にあられもない姿の男の世話を命じたのか、この親友は。
命じられた女官長も気の毒だが、ジョサイアの方が更に気の毒だ。何しろとんでもなくプライドが高い男なのだから。

「お前さぁ……あんまりだろ……。侍従長に命じた方がまだマシだぞ…」
「彼女は見た目どおりの女性じゃない」
「そりゃ判ってるけどよー。同性の方がまだマシだろってこと」

大国の王城で女官長をしている女性だ。見た目どおりの穏やかな人物ではないと知ってはいるが、自分がそんなところを見られたら男としてのプライドが砕けてしまいそうだ。

「おしおきだから……」

一応、悪いことをしたとは思っているらしく、視線を逸らしながらの返答にティーバはジョサイアへ同情しつつ、手にした本で肩をトントンと叩いた。

「もう十分おしおきになっただろ。とっとと行ってやれ」

うん、と頷いたホルドウェイは軽く首をかしげた。

「ティーバも来ないか?」

ティーバは苦笑した。
確かに親友の閨につきあったことはあるが、さすがに今夜はジョサイアが気の毒だ。

「遠慮しておく。今夜はのんびりしたいんだ」
「そうか。おやすみ」
「おやすみ」

ホルドウェイは普段使っている方の寝室ではなく、別の寝室へ足を向けた。
さすがに大国というべきか、一つの街がすっぽり入ってしまうほど広い王宮には、たくさんの部屋がある。ホルドウェイも複数の寝室を持っているのだ。
ホルドウェイは寝室の前で黒髪の護衛を振り返った。

「ここまででいい。マーティン、ごくろうだった」

黒髪の護衛は頷き、ひらりと片手を振って去っていった。
王に対するにはあまりに軽い態度だが、彼はこれが普通なのだ。