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◆竜鱗の害獣退治(14)


一方、ディンガル騎士団。
15000の兵力を誇る騎士団の居城はディンガルの山々を背に建てられている。
山の斜面に沿うように建てられているため、上り下りが多い城でもある。
アーノルドと共に山に登り、そのまま一緒に下山してきたヴィクターは、城の一角にある食堂で疲れたように肩を回しつつ、ため息を吐いた。
たくさんの人間が働く城であるため、城内には複数の食堂がある。ヴィクターがいる食堂は一般兵より騎士が使用することが多い食堂で、ランクとしては中の上といったところだ。
丸テーブルと椅子が並んでいる食堂の一角に座ったヴィクターは疲労からぼんやりしていた。一時間ほど前から窓の外は暗くなっている。
そこへ部下のジェラールがコップを持ってきて、ヴィクターの前に置いた。

「水か?」
「ええ、よく冷えてますよ」

先に取ってきてくれたらしい。
喉が渇いていたところなのでありがたかった。

「気が利くな。ありがとよ」

そこへ新たな客が入ってきた。
赤っぽい茶色の髪を持つ長髪の男はヴィクターに気付くと笑顔でやってきた。

「ヴィクターさん、聞きましたよ。捕まえた傭兵と一緒にサラマンドラ退治に行ったそうですね」
「チッ……もうお前の耳にまで入ってるのか」
「帰ってきた連中が面白そうに教えてくれましたよ。情報部のあんたがサラマンドラ退治に参加なんて何年ぶりですか?」

明らかにからかう態度の男にヴィクターはしかめっ面になった。
情報収集を担当するヴィクターは様々な部署と繋がりがある。そのため顔が広いのだが、こうしてからかわれるのは非常にやりづらい。
男の隣にいるのは黒髪の男。こちらもまた面白そうにヴィクターたちの様子を見ている。
赤っぽい茶色の髪の男はガルシア、やや短めの黒髪の男はクライブ。どちらも二十代中頃の年代で中隊長だ。
ヴィクターも地位的には中隊長なので、年齢は違うが同僚である。

「傭兵なんて放っておけばよかったのに、わざわざ山まで送るなんてお優しいことで」
「好きで連れていったんじゃねえんだよ。あんなガキが一人で登るっていうから、放っておけねえと思ったんだ。行く途中にサラマンドラに殺されて死なれちゃ、目覚めが悪くなるだろうが。まさか、あんなに強いとは思わなかった。お望み通り、放置すりゃよかった!」

忌々しげに悪態を吐くヴィクターに二人の中隊長は興味深そうな顔になった。軍職に就くだけあり、強い者には興味があるのだ。

「へえ……そんなに強いんですか?」
「強いって言ってもガキなんでしょう?連れていって正解だったと思いますよ。運悪く中型以上のサラマンドラに会えば、幾ら強くてもヤバイですからね」
「ハッ、中型どころか大型に遭遇したってピンピンしてるだろうよ、あのガキは」
「え?どういう意味です?」
「あのガキ、剣一本で大型のワイバーンを真っ二つにしやがった」
「はあ!?」
「剣一本って何の冗談です?そもそも大型のワイバーンに剣が通用するわけないじゃないですか!」
「マジだ、マジ。俺だけじゃねえ。一緒にいた斑の連中全員が見ていたから、疑うなら聞いてこい。第15斑だ」

その台詞でヴィクターが冗談を言っているわけではないと気づき、二人の中隊長は顔を見合わせた。元よりヴィクターは冗談を言うタイプではない。情報収集を専門とする彼は信頼されることが仕事の一つであるため、下手な嘘など口にしないのだ。
そこへ厨房で働く給仕の青年がシチューとパン、サラダを持ってきたため、話は一時中断となった。
全員が騎士であるため、量も一般より多めの量だ。
ヴィクターがせっせと胃袋を満たすことに集中していると、隣の席に座った男が話しかけてきた。灰色がかった髪に眼の細い男で名をゲルハルトという。やはり同じ中隊長にあり、剣を使った接近戦を得意とする男である。

「剣一本でワイバーンを倒すとは相当な使い手だな、一度やりあってみたい。名は何という男なんだ?」
「アーノルド=デクスター=レーイング。十代に見えるが、26だと言い張りやがるふざけたガキだ。あの顔と性格で二十代半ばなわけがねえ。傭兵だというがどこまで本当かわからん。デクスター伯爵家に介入されたからな」
「デクスター伯爵家の関係者か……。介入されるのは珍しいな」

ディンガル騎士団は国王直属であるため、運営に関しては領主とは無関係だ。
しかし、ディンガル騎士団はデクスター伯爵家の領地内にあるため、完全に無関係というわけにはいかない。実質的には共存しているような関係だ。
幸い、デクスター伯爵家は、代々人望ある当主が続いており、騎士団に深入りしてこない。
そのため、治安維持や収穫祭などお祭りの時の協力などをし、礼にワインや食料を貰うという程度の付き合いが続いている。
今回のサラマンドラ退治もその一環だ。伯爵家からの依頼という形でサラマンドラ退治をして住民の安全を守り、報酬として品を貰う。
金銭ではなく、食料品を中心とした品々をやりとりするのは、悪しき密着を防ぐため、代々続いている慣習である。
国王直属である騎士団が地元領主と密着しすぎるのは好ましくないとされているのだ。

「姓にデクスターが入っている。縁戚関係なんだろう?」
「一応、調べた。戸籍にはどこにも見つからなかったがな」
「ふむ……ヴィクターが言うのであればそうなのだろうな。しかし、解せんな。戸籍が見つからないとは」
「なぜ、そんな傭兵をわざわざそなたが調べたのだ?」
「例の『ガルダンディーア』に懐かれた男だからだ」
「あぁ!」
「あの男だったのか!」

ディンガル騎士にしか扱えぬ騎士団の宝重。それに懐かれた傭兵がいるという話は有名で、衝撃と共に騎士団中を駆けめぐった噂であった。
嘘だろうと笑い飛ばすにはあまりにも目撃者が多かったため、事実であるとは衝撃と共に受け入れられていた。

「それで判ったことはあったのか?」
「さっぱりだ。二度とガキの取り調べはしたくねえ。会話にならん!!」

苦々しげなヴィクターから聞き出すのを諦め、周囲の中隊長たちの視線がヴィクターの部下であるジェラールに向かう。
綺麗なプラチナブロンドを持つ美男子の部下は、視線を受けて苦笑した。

「あいにくですがヴィクターさんの言われるとおりです。26だと自称しておりましたが、本当に子供そのものの気性の人物でして、尋問にならないんですよ。強く問おうにもまるで子供なのでやりづらくて仕方がありませんでした。あげくに、お腹が空いた、そろそろ帰ってもいいか、一人でご飯を食べるのは寂しいから一緒に食べて、と甘えてくる始末で、怒鳴っても全く怖がらない。そしてガルダンディーアのことに関しては、もうめちゃくちゃで…」
「めちゃくちゃ?」
「『俺に似てますよねー、いつもお腹空かせてますよね、あいつ』って、ペットみたいに言うんです」
「腹を空かせている…?」
「た、確かに気を食らうものではあるが…」
「ええ、そうなんです。扱えるのは確かなようで、質問すれば正しい返答が来るんですよ。ですが、何故扱えるかに関しては、『昔から』とか『知り合いだから』とか『詳しくはよくわかんないッス』と言うばかりで。嘘がつけるような人物には見えなかったので本当に知らないのかもしれません」

そこでヴィクターが水を飲みつつ口を挟んだ。

「『昔から』も何も扱ったことがあるわけがない。あれはディンガルの秘宝。常に騎士団にあり、騎士団から持ち出す時は戦争時のみだ。一介の傭兵に触れる機会があるわけがない」
「だからわかんないんですよねえ……。言うことはそれなりに信憑性があるんですが……。言祝ぎの言葉も知っているようでしたし、他の秘宝の存在や使い方も知ってました」
「……それは問題だな」
「あと、読み書きができるんですよね」
「ほぉ…傭兵にしては珍しいな」
「ええ……書類を眼が追っていたので、試しに文字を書かせたところ、ちゃんと書けたんですよ。それにテーブルマナーもしっかりしていました。ちゃんとした教育を受けた人物のようです」
「では、やはり伯爵家の関係者と見るのが自然か」
「はい。伯爵家の領主軍関係者ではないかと。ただ、噂になっていないのが不思議ではあるのですが……あれほどの使い手です。領主軍に我が軍の将軍クラスに匹敵する使い手がいるという話は聞いたことがありません」
「え?将軍クラス?本当か?」
「さきほどヴィクターさんがおっしゃられたでしょう?ワイバーンを真っ二つにしたと」
「いや、だが将軍クラスというのは言い過ぎだろう?」

そこでヴィクターがウンザリ顔で口を挟んだ。

「だったら、てめえら、大型のワイバーンを真っ二つにできるか?」
「いや、だが……」
「それをやってのけたんだよ、そのガキが。宙を飛んで、襲いかかろうとしている大型に『紅雨(レイ・レイ)』を無数に飛ばして体勢を崩させたところに炎の刃を打ち込んで真っ二つにしやがった。ものすごく手慣れていて、あっという間の出来事だった。あの動きは相当に戦闘慣れしている。あげくにそれを囚人用の手枷をはめたまんまでやりやがった」

囚人用の手枷には必ず印封じが施されている。
周囲は驚きの声を上げた。

「俺が思うに伯爵家の関係者じゃねえ。恐らく北の公爵家関係者だ」
「え?ですが…」
「ガキには連れが二人いた。そいつらが以前、北のサンダルス公爵家から捜索依頼が来ていた連中と同じ名だったから、調べてみたところ、特徴が一致した。まさかと思っていたがこれほどの強さを誇るのであれば恐らく当たりだろう。たった三人でローグ王子を討ち取った連中だ」
「!!!」
「伯爵家だけならともかく、三大貴族の一つサンダルス公爵家にでてこられては分が悪い。調べたいのは山々だが関わらねえほうがいいだろうよ」

ディンガル騎士団は北と西に挟まれた北西の地にある。
北の権力は無視できないのだ。

(なんで俺の苦手な食い物を知っているのか、そこが一番謎だがな!!)

魚の一件を根に持っているヴィクターであった。


++++++++++


翌日、エルザークはウェールのお店ディンガル支店のギドに会い、ディガルド公爵家周辺のことを調べて欲しいと依頼した。
ギドは軽く目を細め、思案顔になった。

「そりゃあ可能だが……あんた、北から西に浮気するのか?」
「はあ?どういう意味だ?」
「確かにコンラッド様はいい男だが、北のご領主一族もいい男揃いだと思うぜ」
「俺は既婚者だ。ディガルド公爵家を調べて欲しいとは言ったが、そういう意味で調べて欲しいワケじゃない」
「そうか、そりゃよかった。まぁ、仕事だからな。チップも十分もらったし、ちゃーんと調べてやるぜ」
「ああ、頼む」

そしてエルザークが立ち去った後、ギドは小さくため息を吐いた。

「伯爵家の次は西の公爵様か。ハァ、浮気報告なんてしたくねえんだけどな〜。あの傭兵のやつら、モテすぎだ。オマケに既婚者だし。やめといた方がいいと思うぜ、ローウィン様。厳しすぎだって……。おまけに本当の拠点はどこなのやら…」

独り言を呟くギドであった。