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◆竜鱗の害獣退治(12)


そうして無事、街へ戻ったエルザークたちは騎士や傭兵達と別れ、伯爵家へと戻った。
オルスの弟妹たちは喜んで一行を迎えてくれた。
ぜひサラマンドラ退治の話を聞かせてくれという弟妹にオルスは笑顔で頷いている。
そうして弟妹達の相手をオルスに任せたエルザークたちは用意された部屋へと戻った。
その部屋には、一匹の黒猫が紛れ込んでいた。

「あれー、この猫、どうしたんス?飼い猫ッスかね?」

アーノルドの問いには使用人の中年女性がお茶を用意しつつ答えた。

「以前、山賊から保護された動物です。他の動物たちは野生に戻されたのですが、この猫だけは後ろ足を怪我しているのでまだ保護しているのです」
「なるほど」
「首輪をしているので飼い猫でしょう。傷が癒えたら飼い主を捜す予定と聞いております」

女性は紅茶を入れると、一礼して部屋を去っていった。

「早く治るといいッスねー」

猫は動きが鈍いが全く動けないわけではないらしい。人慣れしているらしく、部屋で寛ぎ、紅茶を飲むアーノルドたちの足元へやってきた。

『レモンが入っていない紅茶が飲みたいそうだ』

通訳をしたのは黒い盾姿のままの黒竜だ。

「へ?紅茶?誰が飲みたいんですか?」
『その猫の中身だ』
「へー。猫って紅茶飲むんですね」

俺のでよけりゃ、とアーノルドは飲みかけの紅茶を猫の前に差し出した。
その様子を見ていたロイは、とても繊細で上質なティーカップを猫に差し出すアーノルドの行動に呆れた。一客幾らするのか考えもしたくない上質のカップだ。割れたら、と思うとロイにはとても猫に差し出す勇気はない。
猫はカップに残った紅茶を一舐めした後、フーッ!と強く鳴いた。

『甘過ぎるそうだ。糖蜜は入れるなと言っている』
「贅沢ッス!!」
「いや、猫が正しいだろ…茶は甘くない方がいい」

ティーポットを手にして立ち上がったエルザークに黒竜は再度口を開いた。

『できればソーンバーグ産の紅茶がいいそうだ。出がらしで入れた紅茶は却下と言っている』

エルザークは足を止めた。ソーンバーグ産の紅茶は高級茶で有名だ。

「何だと…?」
「それホントにその猫が言ってるんですかーっ!?」
『言ってるぞ。私が人間の茶など知るわけがなかろう』

呆れたエルザークはティーポットを卓上へ戻し、足元にいる猫を抱き上げた。そして首に巻かれている首輪を見て、息を飲んだ。

「……マジか」
「どうしたんですか?」
「なるほど。確かにソ−ンバーグ産の紅茶を飲んだことがあるのかもしれないな、この猫は。首輪に、葡萄を持つ女性の横顔が刻まれたプレートがつけられている」

ロイは意味が判らなかったが、アーノルドは気付いたらしい。驚きの声を上げた。

「葡萄を持つ女性っ!?西のディガルド公爵家の紋章じゃないッスか!」
「あの山賊ども、一体何が目的でこの猫を捕らえたのか……素性を知っていて捕らえたのだとするととんでもないことだな」
「ええ〜?ただの偶然じゃないですか?猫ですよ」
「だといいが。一応問い合わせてみた方がいいかもしれないな。万が一ということもある」

エルザークは入れ直した紅茶を猫に差し出した。しかし、猫は動かなかった。

「おい、猫。いくら何でも都合良くソーンバーグ産の紅茶なんて手に入らないぞ。これで我慢しておけ」
「ニャー」
『単に熱くて飲めないだけだそうだ。冷めているのを待っているらしい』
「そうか。そりゃ悪かったな」
「ニャー」
『問い合わせる相手はコンラッドにしてくれ、と言っている』
「コンラッド?ディガルド公爵その人じゃないか。判った…」

そうしてエルザークは事情を書いた手紙をディガルド公爵家に配達してくれるよう、ルオンに頼んだ。
ルオンは猫の素性に驚き、すぐに臣下を呼びつけると、公爵家に手紙を届けるよう命じた。
エルザークは用意された部屋に戻るとあくびをかみ殺した。
ロイはエルザークが手紙を書いている間に用意された部屋へと戻っていた。部屋にはエルザークとアーノルドの二人だけだ。

「さすがにずっと山中で疲れたな、早めに休むか」
「えー……」
「なんだ?」
「だってー…何日も離ればなれだったんですよー…」

それはアーノルドが捕まっていたのが原因だ。しかしアーノルドは悪くないのでそれを責めるわけにもいかない。
アーノルドが何を言いたいのかに気付いて、エルザークは瞳を彷徨わせた。

(そういえば前にヤったのは………いつだ?)

確かに前回からずいぶんと間が空いている。北方にいたとき以来だ。
北からディンガルに移動中もしていなければ、戻ってすぐにアーノルドが捕まってしまったので、ヤっていない。
そのことに気付くと、妙に体が疼くような気がして、エルザークはアーノルドの顔を見れなくなった。
恐らく顔が赤くなっているだろう。自覚がある。

「エル……」

滅多に呼ばれぬ愛称を呼ばれ、後ろから抱きしめられる。
アーノルドは勘がいい。エルザークがどういう状態になったのか気付いたのだろう。
こうなったアーノルドは積極的だ。遠慮無く弱い部分を攻めてくるだろう。経験から判る。

「待て、せめて風呂に入らせろ」
「はーい。行きましょうか」

一緒に入る気満々のアーノルドにエルザークは苦笑した。普通の入浴で済むはずがない。しかし、それが嫌ではない己がいる。エルザークも男だ。積極的に欲しいことがあるのだ。

「のぼせない程度にしろよ」
「もちろんッス!」

エルザークはアーノルドの後を追うように、各部屋に用意された浴室へと移動した。