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◆竜鱗の害獣退治(11)


何度捕らえても崩される土の手にエルザークは舌打ちした。
さっきからずっとこの攻防だ。腹が立つが仕方がない。しかし、いい加減何とかしたい。きりがない。
オルスが印を発動させる。しかし、それはサラマンドラの背後の岩肌を強化する技だ。並外れて強い負荷が岩肌にかかれば、土砂崩れを誘発する可能性があるために発動されたものである。

「ったく、鬱陶しい!アーノルド!!」
「はいっ!!」

サラマンドラの一瞬の隙をアーノルドは見逃さなかった。炎の刃が飛び、サラマンドラを真っ二つに切り裂く。
一撃で倒したアーノルドにワッと周囲から歓声が上がった。

「さて、次行きますっ!!」

アーノルドはすぐに身構えなおした。
ロイは目を見開いた。
圧巻だった。
アーノルドは今まで思う存分戦っていなかったと言っていたが、なるほど、と思わせられる強さだった。
まずは炎の雨だ。
通常は、1,2本程度を放つ炎の矢『紅雨(レイ・レイ)』を雨のように空へ飛ばしたアーノルドは、それによって体勢を崩したワイバーンに、トドメとばかりに炎の刃、『聖マイティスの刃(グラザナード)』を打ち込んだのだ。
圧倒的な破壊力を持つ炎の刃は炎に耐性を持つワイバーンを縦に真っ二つに切り裂き、倒したのである。
あっという間の戦いだった。

「へへっ、やった。余裕、余裕!!」

周囲は唖然とし、静まりかえっている。当然だろう。圧倒的な強さだった。

最初に我に返ったのはヴィクターであった。

「おい、お前、手枷の封じは効いてないのか!?」

アーノルドについてきていたヴィクターは焦ったように問うた。手枷が効いていないのなら大問題だ。犯罪者を取り逃がしてしまう危険性がある。

「うーん、よくわかんないッス。けど効いてるんじゃないですか?」
「印が使えてるだろーが、どこが効いてるんだ!?」
「俺の印がこんな弱い枷で完全に封じられるわけがないじゃないスか、おっちゃん」
「ええい、おっちゃんと言うんじゃない!!俺はまだ30代だ!!」
「えー、もうお兄ちゃんはキツイでしょー?」

場違いな会話にまずは傭兵達が吹き出した。自然と笑いが周囲に広がっていく。

「さーて、お宝を回収するか」
「たくさん獲れたが獲れすぎだなー。もったいねえ。竜の鱗は高値で売れるのによぉ。こんなに持ち帰れねえよ」
「そうだな、惜しいことだ」

ぼやきつつも傭兵達は笑顔だ。大型が獲れたためだろう。蜥蜴の鱗の中でも大型は特に高値で売れるのだ。傷のない部分を獲れば、特によい金稼ぎになる。

「コーザにはどこの鱗を持って帰ろうかな。絶対スネてるだろうからなぁ」
「チッ、いいよな、恋人持ちは。とっとと別れやがれ」

そんな会話を聞きつつ、鱗に興味がないエルザークはアーノルドに問うた。

「何でヴィクターやジェラールと一緒なんだ?」
「18歳以下の者が釈放される際は、ちゃんと保護者に引き取られるか確認しなきゃいけないそーです。俺、大人なのに!!」

確認のためだけにここまで連れてこられたらしい。ヴィクターたちにとっては大変な迷惑だったことだろう。
しかし、アーノルドを逃がさないため、ついてくるしかなかったのだろう。

「あー…すまん。……こいつは本当に大人だ。一応、俺の結婚相手なんだ」
「何だと?」
「だから俺の伴侶だ」
「坊やが?アンタの?」
「俺は坊やじゃないッス!」

信じてもらえない様子を見てロイは苦笑した。
やはり他人が見ても結婚しているようには見えないらしい。

「伯爵家からも釈放依頼が行っているだろう?身元は伯爵家が保証してくれる。釈放してくれないか?」
「だが、ガルダンディーアの件が解明していない」
「ディンガル騎士団に判らないことが傭兵の俺たちに判るか。ともかくアーノルドは返してもらう。こいつはこういうヤツだ。こいつに聞いても意味がないことはよ〜っく判っただろ?まだ不満があるのなら後日、伯爵家へ来い」
「むぅ……」
「あと、アーノルドは26歳だ」
「なんだとーーーー!!??十代後半かと思ったぞ!!」

ヴィクターが叫ぶ。

「え、マジで?ホントに26なのか?」

釣られて驚くロイであった。


++++++++++


一方、オルスは複数のサラマンドラの鱗を差し出されて困惑していた。
サラマンドラの目の上付近にある鱗は薄くて美しく、装飾品の材料として高値で売れる。その部分を功労者として譲られたのだ。
しかし、オルスはそういったものに興味がない。好意なのは判るが、たくさん貰っても困るというのが本音だ。

「いいから貰っておけって」
「そうそう、あんたたちが一番働いてくれたのに俺らばかり貰ってもよー、尻がむずむずして落ち着かねえじゃねえか」

そう言って傭兵達が率先して渡してくれるものだから、いらないとも言いにくい。

「オルス、顎の下にある逆鱗もいらねーか?」
「おう、くれてやれ、くれてやれ。な、貰うだろ?オルス!」

傭兵達だけでなく、騎士たちまで好意的だ。
傭兵達と一緒にせっせと鱗を剥いでいたバスカークに、逆鱗を渡され、オルスはやはり困惑しつつ受け取った。
騎士団時代もずいぶん狩りをしたが、これほど貰ったことはない。騎士団の収入として売り払い、金銭に換えるばかりだったのだ。

「いいのか?」

本来、鱗は騎士団の収入となる。むろん、参加した傭兵達に多少のお裾分けとして、鱗を譲ることは認められているが、過去、これほど貰うことはなかった。

「いいんだって。多すぎるからな」

確かに多い。大型を含む数頭が狩れた。手分けして持って帰っても半分も持ち帰れない量だ。

「あんたらのおかげで死者もでることなく、スムーズに済んだ。礼を言う」
「ホントに強いな。傭兵とは思えないほどだ」
「伯爵家の方なんだってな。領主軍所属なのか?」
「いや、傭兵だ。今回は伯爵家からの仕事を受けたに過ぎない」
「うちの騎士団に来る気はないか?アンタらならすぐ入れそうだが」

騎士も傭兵もすっかり好意的だ。
しかし、騎士団への勧誘にはさすがのオルスも複雑になった。それはオルスたちにとって、ディンガル騎士団に戻らないかと言われているようなものだ。
ディンガル騎士団への想いは強い。とても心揺らぐ誘いだったが、オルスは首を横に振った。

(今戻るとしがらみが出る。フリーで動いた方が救わねばならない者たちを救うことができる)

以前の世界と同じ歴史と過ちを繰り返すわけにはいかないのだ。

「お前、自力で手枷を外せるのかよ!!外せる手枷なんて、手枷の意味がねえだろ!!」
「えー。だって木製の手枷じゃ燃やせばいいだけじゃないですか。外せるに決まってますよー」
「普通は印が封じられて、燃やせねーんだよ!!」
「ワハハ、やるな、坊や!」

ヴィクターとアーノルドの怒鳴り合いが聞こえてくる。それに茶々を入れているのは周囲の傭兵達だ。

「おい、オルス、そろそろ…」

気の細やかなエルザークが注意を促してくる。
オルスも気付いていたことであったため、頷き返した。

「あぁ判っている。……回収作業を急げ、そろそろ山を下りるぞ!!」

長居しすぎては他の害獣に襲われる。もう十分時間が経った。いいかげん移動せねばまずいだろう。
他の騎士や傭兵達もそのことに気付いたのか、せっせと動き出す。
エルザークの側にいたロイは他の傭兵達に誘われて、回収作業を手伝っていたが、その際、鱗をお裾分けに貰った。
エルザークが貰っていなかったので少々気が引けたが、その事に気付いたエルザークが貰っておけと言ってくれたので何枚か質の良い部分を貰うことにした。
そうしてオルスの指示で山を下り始めたロイは、エルザークに気になっていたことを問うた。

「なぁ、この班ってさ…」
「ん?」
「誰が責任者なんだ?」
「オルスだろ」

さらっと言われて思わず言葉に詰まる。さすがにそんなはずはない。

「いや、オルスじゃないだろ?ディンガル騎士にいるはずだろ?」

まとめ役はディンガル騎士のはずだ。伯爵家の依頼でディンガル騎士団が実行しているという形になっているはずだからだ。傭兵は騎士団に雇われているのだ。

「あー、そういやそうだったな。けどオルスでいいんだ。誰が責任者でもいつもこうなるから」
「何だって?」
「昔からこうなんだ。他に責任者がいてもいつの間にかオルスがまとめているんだ。そういうものだから気にするな」

大抵の場合、どれほど年上の者がいても、どれほどベテランがいても、何故かいつの間にかオルスがまとめているんだ、とエルザーク。
しかも、それで失敗したことがないらしい。

「昔から、実質的な責任者はいつもオルスがやってしまうんだ。以前の世界では生まれがよかったんで、周囲には自然と納得してもらえたんだけどな」

そのオルスは一行の先頭付近を他の騎士に囲まれて歩いている。バスカークという赤毛の騎士が特に懐いているようで、あれこれと話しかけられているようだ。
オルスはというと特に嫌がる様子もなく、騎士らの話を聞いている。

一方のアーノルドはロイたちのやや後方をヴィクターら一部の騎士と他の傭兵らに囲まれて歩いている。こちらは大変賑やかだ。からかう声とそれに応じる罵声が飛び交い、戦いの後とは思えないほど元気いっぱいだ。

「あんなに騒いで…また襲われたらどうするんだ」
「それはないな」
「何で判るんだ?」
「あれほどの大型が住んでいたわけだから、この辺り一帯は奴らの縄張りだったはずだ。他の獣はいないだろう。血の臭いで、いずれ害獣がやってくるにしてもあの死骸の辺りに集まるだろう」
「なるほど」
「それにアーノルドがいるからな。多少の害獣なら全く問題なく倒せる」

確かに並外れた戦闘力を持つ彼がいれば、大型だろうと倒せるだろう。実際に倒したところを見た。