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◆竜鱗の害獣退治(10)


「ボケッとするな!!下敷きになりたいのか!?」

エルザークが怒鳴る。ワイバーンが落下してきたのはバスカークらがいる場所だった。
しかし、オルスはさすがであった。いつの間にか移動していて、大きく跳ぶと、空中で一閃し、そのワイバーンの首も切り落とした。

「うひゃあ、すげえ!!あの男!!二匹目も一撃だ!!」
「うはー!!惚れるなぁ!!」
「あんな強いヤツ、久々に見た!!絶対コーザより強いな!!」
「なんだ、その基準!!お前、恋人が基準かよ!!」

鮮やかな一撃に、強者を大好きな傭兵達が歓声を上げつつ、軽口をたたき合う。
そうしている間も倒れ込んだ蜥蜴の巨体をしっかり避けているのだから、さすがは歴戦の傭兵達だ。

「次来るぞ!!身構えろ!!」

次のサラマンドラは一匹目のときと同じ岩肌を転げ落ちてきた。さすがに今度は騎士たちもしっかり身構え、槍で突き刺していく。
ワイバーンはオルスたちとエルザーク達の間に落下してきた。

「よし、任せろ!!」
「ちゃんと報酬分は働かねーとな!!」

こちらはやる気満々の傭兵達が応戦している。
どうやら何とかなりそうだとロイが安堵した時、エルザークが舌打ちした。

「大型がくるぞ、二匹だ!!早めにトドメを刺せ!」
「ゲ!!」
「マジかよ!!」
「やばくねえか!?」

さすがにこう連戦では、と青ざめる騎士のバスカークに対し、オルスはポンポンと頭を叩いて宥めた。

「落ち着け。叫んだところで竜は逃げてはくれんぞ」

冷静な声にバスカークは顔を赤らめた。

「そ、そうだよな。頑張らねえと…」

その様子をバスカークと仲のよいガイストが少し複雑そうに見ている。

「しかし、あんた、格好いいな」
「ふむ。そうか?」
「オマケにめちゃくちゃ強いし」
「そうか?俺よりも強いのがいるぞ」
「そこの男前の彼か?」
「いや、彼の結婚相手の方だ。ここにはまだ来てないんだが…」
「はあ?あんたら二人より強いのがいるのか!?」
「いるぞ。たぶん会ったら驚くぞ」

楽しげに言うオルスにエルザークは呆れた。
アーノルドのことだと判るが、自慢げに言うようなことでもない。

「そんなことを言ってる場合か、来るぞ!!」

次に現れたサラマンドラは、今までのどの蜥蜴よりも巨体であった。
エルザークの重力でも完全には体勢を崩さず、ややよろめきつつも大きく叫んで飛びかかってくる。大きく首を逸らしたのはブレスを吐く合図だ。
あの巨体でブレスを吐かれたら、全員が巻き込まれてしまうだろう。
エルザークは重力を使っていたので間に合わない。
防御の技を振るったのはオルスだ。光り輝く盾のような形の防御壁を作り、ブレスの直撃を防ぐ。
その間にエルザークが『地神の手』を繰り出した。目前に降り立った巨体を捕らえようとする。しかし巨体を持つサラマンドラは大きく暴れて土の手を崩してしまった。

「チッ、さすがに大型は手強いな」
「クソッ、どうにかして攻撃しないと」

何とか近づいて刺せないかと槍を持って動く騎士たちにオルスが釘を差す。

「ヘタに近づくな、押しつぶされるぞ!!」

何しろ巨体だ。うっかり踏みつぶされれば即死する恐れがある。

「こういう時こそ風の印だろう」

そう言って好戦的に笑ったのは戦士弓を持った傭兵だ。右手に印を輝かせつつ、矢を放つ。風の印を纏わせて破壊力を増幅させた矢は、見事、暴れるサラマンドラの片目を貫いた。

「よくやった!!槍持ちはサラマンドラの動きが鈍ってから近づけ。それまでは自衛しろ。遠距離攻撃持ち、続けろ!」
「了解っ」

サラマンドラは苦しげに暴れている。それでもこちらに被害がでてないのは、エルザークがずっと地神の手で動きを封じているからだ。腕が壊されても次々に現れる手がサラマンドラの動きを阻んでいるのである。
そしてオルスが攻撃できないのは、サラマンドラが暴れているためだけではない。指示を出すのに忙しいからだ。周囲に目を配り、同行者を守るのに忙しいのである。

(そういや、この班の責任者って誰だよ。本来、そいつが指示を出すべきじゃないのか?)

ロイはそう思いつつ、風の印で攻撃した。
しかし、周囲は完全にオルスの指示で動いている。傭兵達に至ってはオルスが責任者なのだと誤解しているかもしれない。

「チッ、火力不足だな」

大型は鱗がとても強靱で堅い。半端な攻撃力じゃ傷も付けられない強い鱗を持つ。
このサラマンドラが相手だと、槍でも通さないかもしれないとエルザークは舌打ちした。

「おい、どーする!?決め手不足じゃどうしようもないぞ!」

その事に気付いたのだろう。騎士のバスカークが困ったようにオルスに問う。

「ふむ。消耗戦になりそうだな」

矢にも限りがあり、こちらも山中を歩き続けていて、体力が消耗している。長期戦だと不利だ。

「血が流れている。あまり長居しては他の害獣を呼び寄せてしまうぞ!!」
「ふむ。大技を使ってもいいが、大技は範囲が広い。あまり大きな技を振るうと土砂崩れを起こしてしまう可能性があるからな。さて……この剣でこいつが切れるか……」
「あんた、本気か!?」
「最初のサラマンドラも切れただろう?」
「いや、確かにそうだがあいつはまだ暴れていて……」

慌ててバスカークが止めようとした時、明るい声が飛んできた。

「せんっぱーい!!やっと追いついたーっ!!」
「お、来たか、アーノルド」
「アーノルド!!……お前、なんだ、その格好……」

アーノルドは何故か騎士二人と一緒だった。その格好はディンガルの一般兵の服装だ。おまけに手首には木製の手枷をしたままだ。手と手の間にあるはずの鎖は外されているものの、おかしな格好には違いない。

「はい、服を借りてきました!何日も同じ服って嫌じゃないですかー」

先輩達が宿から移動していたから、荷物がどこにあるのかわかんなかったんですよー、とアーノルド。どうやらディンガル騎士らに強請って、着替えを貸してもらったらしい。

「上空に気をつけろ、もう一匹来るぞ!!」
「はいっ。オルスせんぱーい。俺がやっちゃってもいいんですか?」
「あぁ」
「やった!!」

アーノルドは剣を抜いた。本来は双剣だが今回は一本で十分だと判断したのだ。

「おい、あいつはサラマンドラだ。火には耐性があって……」
「ロイ、誰に向かって言ってるんですか?問題ないッス!」

アーノルドは暴れるサラマンドラに向かい、剣を構えながら凄みのある笑みを見せた。普段の無邪気さは微塵も残っていない。戦場で幾多の猛者を倒してきた歴戦の将らしき姿だ。
紫竜ドゥルーガが作り出した赤黒い刀身が深紅に輝き、刀身の中央に刻まれた炎神マイティスの祝詞を浮かび上がらせる。

「耐性を超える炎を打ち込んでやればいいんですよ」