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◆竜鱗の害獣退治(9)


初日は二匹ほどのサラマンドラと出くわした。
どちらも大型犬程度のサイズであったため、皆と協力してうまく倒すことができた。

「アーノルドのヤツ、こないな…」
「そうだな。だが、来なかったとしても特に問題はない。帰った後に引き取りに行くだけだ」

相変わらずエルザークの言い方は素っ気ない。
あまりに薄情な言い方に結婚相手が心配じゃないのかと困惑するロイの隣でオルスが笑った。

「まぁ確かに心配はいらないだろう。だがお前の寝不足が続くのは困るな」

寝不足?と少し驚くロイにエルザークは鋭く舌打ちした。目尻が赤く染まっている。

「余計なことを言うな」
「事実だろう。アーノルドが側にいないと眠りが浅いのは」

そういえばアーノルドが一緒の時はいつも一緒に眠っているわけだ。アーノルドに抱き込まれるようにして眠っているところを野営時に何度か見たことがある。その体温が側にないので眠りが浅くなっているらしい。
口で言うほど平気じゃないらしい、とロイも気付いた。単に意地っ張りなのだろう。

(しかし、相変わらずタフだな、この二人)

ずっと山道。それも獣道が含まれるような山道を歩き続けているわけだが、全く疲れを見せていない。他の騎士や傭兵たちは少なからずウンザリした様子を見せているが、そんな様子は微塵もない。
きっとそれはアーノルドが合流しても同じなのだろう。この二人と同じ強さを持っているのだから。
自分はまだまだだな、とロイが思っていると、不意にオルスとエルザークが同じ方角を見上げた。
慌てて視線を辿ると、見上げた岩肌の上に巨大な影が見えた。

「来るぞ!大型だ!」

周囲に知らせるためにオルスが声を上げる。その隣でエルザークが地面に手を付けた。
褐色の岩肌の斜面を滑るように降りてきたのは巨大なサラマンドラであった。牛よりも大きな巨体を持ち、威嚇のように大きな雄叫びを上げる。

「でかいぞ、気をつけろ!!」
「ブレスに巻き込まれるな、間合いを取れ!!」

サラマンドラの雄叫びに気付いたのか、応じるような鳴き声が周囲から複数聞こえてきた。どうやら近くに他のサラマンドラがいたらしい。

「巣の近くに来たようだな」
「まずいぞ、囲まれる!!」
「ちぃ、足場が悪い」

片方はサラマンドラが滑り降りてきた岩肌。今はサラマンドラが陣取っている。
もう片方は木々に覆われた斜面。その前後は山道だがさほど広くはない。幌つきの馬車がかろうじて通れそうなほどの道幅しかない。
そこを他のサラマンドラで囲まれてしまえば、前後をブレスで一網打尽にされてしまう。
焦る周囲に対し、オルスが冷静に声を上げた。

「一箇所にまとまるな、互いに逃げ場を潰すことになるぞ!2、3人ずつに散らばれ!」
「そういうことだ、焦るな。死ななきゃいいんだ、時間は稼いでやる!」

地面に手を付けたエルザークがにやりと笑むと、サラマンドラが陣取る岩肌から巨大な手が次々に飛び出してきた。

「背後が土じゃ捕まえてくれって言ってるようなもんだ!」

サラマンドラが避けるよりも早く、その手はサラマンドラの胴体をつかみ取る。

「行け、オルス!」

ロイは目の前に立つオルスがいつの間にか大剣を抜いていることに気付いた。漆黒の盾と同じように漆黒の刀身を持つ大剣は大きな体を持つオルスに相応しいサイズだ。しかし、貴族の出身であるというオルスらしい上品さを感じさせるデザインとなっている。
オルスは『地神の手』で地面に倒れ込んだサラマンドラの首を過たず、切り落とした。

「やったぞ!!」
「すげえ!!斬り落としやがったぞ、あの男!!」

ワッと歓声があがる。

「あんたら、すげえな!!大型の首を切り落とすわ、頑丈な岩肌から『地神の手』を出すわ、凄腕だな!!」
「ありがとよ」

明るい声で傭兵らに声を掛けられ、エルザークはシンプルに返答した。
傭兵らはそれを照れ隠しだと思ったらしい。

「照れるな、照れるな、強い味方は大歓迎だ。生き残れる可能性が高まるからな!」
「あんたらの顔覚えておくぜ!仕事で敵に回したときはすぐ逃げさせてもらうからな!」

実に傭兵らしいことを言う二人にエルザークは苦笑した。

「すぐに次が来るぞ!!自衛しろ!!」
「おう!!」

オルスの指示が飛んでくる。
それに応じて、慣れた様子で間合いを取ったのは王都からやってきたという二人の傭兵だ。剣を盾がわりに使って飛んできた尾からうまく自衛している。
傭兵に盾使いは少ない。その代わり、剣での防御術に長けている者が多い。
もう一人の戦士弓使いの傭兵は最初から大きく間合いを取っている。遠距離武器使いらしい行動だ。
場慣れしている傭兵たちにエルザークは安堵した。これならば心配はいらないだろう。

エルザークは再び地面に手を付けつつ、印を発動させた。
パアッと淡い光が地面を辿って、見える範囲に一気に広がっていく。その光はすぐに消えたため、エルザークが何をしたのかロイには判らなかった。

「バスカーク、手前の三人を連れて道の前方に行け!ガイスト、後ろの二名を連れて後方を守れ!」
「りょ、了解っ!あんた、何で俺の名前知ってんだっ?」
「……了解!」

オルスに当たり前のように指示された騎士らは戸惑いつつも、慌てたように指示どおりに走っていく。

「オルス!」
「うむ」
「今のところ確認できるのは、4匹。すべて中級以上のサイズだ!」
「判った。聞いたな?4匹だ。片手の数以下だから確実に倒して帰るぞ!ロイ、こっちへ来い。残りはエルザーク、頼むぞ」
「了解」
「基本的な戦い方は判るな?一匹ずつ地面に叩き落としてやるから、トドメをさせ。心配はいらん。俺とエルザークがいるから死ぬことはない。ただ、油断せずしっかり自衛しつつ戦え」

オルスが周囲に指示を出す様子を見つつ、ずっと地面に手を付けていたエルザークが不意に顔を上げた。

「捕らえた」

エルザークの声を聞いた途端、グッと体に負荷がかかったことにロイは気付いた。

(重力か!!)

どうやらエルザークはずっと周辺を探っていたらしい。恐らくはさきほどの光る何かの技を使い、周囲を調べていたのだろう。
獣の叫び声を聞いたロイは、声のする方を見上げ、空中で戸惑ったように体勢を崩す竜に気付いた。翼蜥蜴(ワイバーン)が近くまで来ていたらしい。

「飛ぶヤツは宙にいる間がチャンスだ。一瞬でも重力を加えてやれば、体勢を崩して真っ逆さまに落ちる」

エルザークの言葉どおり、空中で不意に強い重力を食らった竜は真っ逆さまに落ちてきた。