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◆竜鱗の害獣退治(8)


結局、その日はそのまま伯爵家に泊まることとなり、翌日、エルザークたちは火蜥蜴(サラマンドラ)退治に参加した。

集合場所となった騎士団の広場には騎士たちの他、傭兵達の姿も多くあった。
定期的に行われている火蜥蜴退治はディンガルを拠点としている傭兵達にとってはいい小金稼ぎの場なのだ。初心者には少々荷が重いが、火蜥蜴と一緒に他の害獣退治も行われるため、そちらに回ればいい。ある程度、慣れた傭兵にはいい仕事の一つなのだ。

「そなたらの名は書かれていないぞ。登録していないのか?」

傭兵は騎士団の仕事を行う際、事前に登録しておかねば仕事ができない。
参加者を班ごとに分けている担当の騎士が、名簿を手に困惑したように問う。

「我々は伯爵家からの推薦による参加です」
「なるほど。では空いた班に入ってくれ」

第15班が手薄だからそこに入れと言われ、エルザークは軽く周囲を見回した。
参加者は全部で数百人と言ったところか。千人まではいないようだ。うち半数が傭兵である。
今回の担当は第二大隊所属の第五中隊だという。
ディンガル騎士団は15000の兵力を誇る。うち5000人が騎士、1万人が一般兵だ。
騎士1000人と一般兵2000人、計3000人で一つの大隊を形成する。全五大隊となる。
一つの大隊が1000人からなる近衛軍より多い人数だが、そもそもタイプや戦い方が全く異なる騎士団なので、比べるのは無意味だ。

(お、バスカークとガイストがいる)

くせの強い赤毛の髪を持つ快活な性格のバスカークと短い黒髪を持つ無口なガイストは、元の世界では側近であった騎士たちだ。
二人とも体格がよく、大剣を使うパワー型の騎士だ。彼らは大変仲がよくて、プライベートではいつも揃って行動している。
彼らはかつての世界では第一大隊と第二大隊を率いていた。
しかし、将来大隊長になる二人もこの世界ではまだ新人の方なのだろう。何の地位にもついていないようだ。
ハッキリと記憶にある騎士はその二人だけだったが、どことなく見覚えある者が多い騎士たちを何となく眺めていると、隣の方から視線を感じた。
こちらを見ているのは、日焼けした体に白っぽい金髪を刈り上げた人好きのする笑顔の男と、白い肌に短い黒髪を持つ長身の男だ。金髪の方は30代、黒髪の方は20代後半だろう。なんとも対照的な色彩を持つ二人組だ。
人好きのする笑顔の男はエルザークと目を合わせると、ニッと笑んだ。

「よぉ。俺はセイってんだ。こいつはフランツ。あんたら初参加か?」
「あんたらもか?」
「あぁ、俺たちは普段、王都を拠点にしてるんだ。近々、お祭りがあるだろ。それが目当てでやってきた」
「お祭り?」
「知らねーのか?武術大会があるんだよ。賞金が出るし、酒と食い物も無料で振る舞われるらしい。傭兵も参加できるんだ」
「へえ……」

それは初耳だ。どうやらこの世界ではエルザークたちが知らない催し物が行われているらしい。こんなところでもかつての世界との違いを感じる。

「ちょっと早く来すぎたんで、小銭稼ぎをしようかと思ってこの仕事に参加したんだ」

大会の日程を間違って覚えてたようでなーとぼやくセイに黒髪の男が意地悪そうに笑った。

「だから恋人に日程を確認しろって言っただろ。騎士様だからディンガル騎士団のお祭りぐらい知ってるだろうに。うろ覚えで来るからこんなことになるんだ」
「あいつに聞けるわけねーだろ。そんな遠方に行くなと反対されるに決まってる!」
「それで放ってこっそり来たのか。あー、あいつ、可哀想に放置されて」
「うるせえよ。俺は傭兵だ。稼ぐ機会があるならどこだろうと行くに決まってんだろ」

どうやら金髪の方には騎士の恋人がいるらしい。王都にいるのならば近衛騎士だろう。
ぎゃあぎゃあと言い争っている二人だが、手にしている武器は剣と槍。防具は軽い皮製の物のみを身につけている。
山登りをするために軽装に留め、武器には槍を選択している。ちゃんとサラマンドラ討伐に対する知識がある証拠だ。
初参加というが、ちゃんと事前に知識を仕入れてきたのだろう。

(腕のいい傭兵のようだな。彼らは足手まといにならないだろう)

彼ら二人と少し間を開けるようにして座っているのは、短いくせっ毛を持つ茶髪の男。こちらは弓矢と剣を手にしている。槍は手にしていないが、持っている弓矢はエルザークと同じく戦弓と呼ばれる強靱な大型のものだ。このタイプの弓矢は使い手が少ない。同じタイプの使い手は珍しいため、エルザークはやや興味深く思った。
無口そうな男は場慣れした様子で出立を待っている。その落ち着いた様子から、この男も心配はいらなそうだと思った。

(傭兵側に足手まといになりそうなヤツはいなさそうだな…)

エルザークたちを除くと傭兵はその三名のみだ。他の斑よりも傭兵数は少ないようである。

(まぁいいか。人数が多けりゃいいってもんじゃないからな)

エルザークとオルスは当然ながらサラマンドラ退治の経験がある。

(しかし、遅いな、アーノルドのヤツ)

この調子じゃ間に合わなそうだ、とエルザークは思い、顔をしかめた。


++++++++++


結局、開始時間になってもアーノルドは来なかったため、仕方なくアーノルド抜きで山へ入った。
アーノルドはエルザークの運命の相手だ。離れていても互いがいる方角は判るため、釈放されたら追いついてくるだろうと考え、先に仕事を行うことにしたのである。
一つの班は15名前後。傭兵とディンガル騎士が約半数ずつになるよう配属されている。
全部で20ちょっとの班は山にバラバラに入っている。ディンガル山脈は広い。複数の国々にまたがる広さを持つ。たったこれだけの人数じゃ到底、すべての山は回りきれないため、街にほど近い山々だけを手分けして回るのである。
騎士たちは槍を中心に持っている。ある程度、距離がなければ火だるまにされる恐れがあるためだ。

剣は基本的に使えないという説明をしたのはエルザークである。

「いいか、ロイ。サラマンドラには剣で攻撃しようと思うな」

幼体でない限り、サラマンドラの鱗の強靱さは人の腕力を上回る。切り落とせるようなものではないのだ。そのため、印の強化を必要とする。そうでなくば、はじき返してしまうのだ。

「一対一では戦えない。だからグループで行動するんだ。一対複数でなくば戦えないんだ」

サラマンドラは炎を扱うため、火への耐性もある。通常の場合、切り落とすには風しかない、もしくは叩き殺すかだ。それもまた土の印による強化が必要だという。

「お前はとりあえず自衛に専念するんだ。時間さえ稼いでくれたら俺たちがやる」
「判った。けどアンタらは大丈夫なのか?」

傭兵達が持つ武具は様々だが、遠距離用の弓矢を持っている者が多い。騎士のサポートに専念する目的の者が多いからだろう。しかし槍を持っている者も少なからずいる。
ロイは剣のままだ。オルスは大剣、エルザークは弓だ。結局いつもどおりである。

「俺は印で戦える」

あっさりと言ったのはエルザーク。確かに彼なら印で問題ないだろう。

「切ったことがある」

あっさり言ったのはオルスだ。

「何を?サラマンドラをか?剣で?」
「うむ」
「切れるのか?」

さっき、剣では切れないと言わなかっただろうか。

「ロイ、通常は切れないんだ」
「通常は、って…」
「この剣なら切れるだろう。紫竜ドゥルーガ殿の武具は高性能だ」
「なるほど……」

そういえばアーノルドはどうやってくるのだろうか。一人で追ってこられるのだろうか。

「あいつがサラマンドラにやられるわけないだろ。一人だろうがサラマンドラにでくわそうが、問題ない」

そもそも火だるまにされても炎によるダメージを一切受けないのだから、殺される心配がない、とエルザーク。

「むしろ出くわして何匹か倒してくれた方が、面倒がなくていい」
「あんた、本当にあいつと結婚してるのか?」

あまりの言いぐさに思わず問うてしまうロイであった。