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◆竜鱗の害獣退治(7)


一方、アーノルドはディンガルの牢にいた。
牢とはいえ、重罪を犯したわけでもなく、単なる事情聴取を受けるだけなので、簡素な仮牢に入れられているだけである。一応、手首に印を封じる枷をはめられてはいるが、並外れて強い印を持つアーノルドには軽い制御用にしか思えない代物だ。
取り調べをしているのは二人の男だ。
一人は無精髭を生やした三十代のベテラン騎士、補佐についているのは二十代の若い騎士だ。

「だから、何でガルダンディーアを扱えるか教えろって言ってんだ。難しいことじゃねーだろ、坊や」
「俺は坊やじゃないッス!わかんないッスよ」
「だから何でわかんないんだ。あれはディンガル騎士にしか使えないものなんだぞ、坊や」
「俺は坊やじゃないッス。それよりお腹空いたッス。昼ご飯は?」

昨夜からずっとこんな調子であるため、ディンガル騎士の方もウンザリ顔だ。

「飯、飯、ってうるせえガキだな、全く。金に困ってんのか?」

仕方がないから持ってきてやれ、と背後の騎士に告げた男は三十代前半。騎士にしては小柄な人物であり、主に諜報活動など情報収集を主な仕事としている。
無精髭に着崩した騎士服姿で、お世辞にも模範的な騎士とは言えないが、傭兵気質の者が多いディンガル騎士団ではそう珍しい方ではない。
もう一人の騎士は二十代中頃。淡いプラチナブロンドに蒼い瞳の、なかなか容姿の良い青年だ。

「チッ、俺も飯食ってくるか」
「ヴィクターのおっちゃんズルい。俺も食堂で食いたい〜!」
「バカかお前はっ!そんなことできるわけないだろーがっ」
「だってー!こんな狭いところで一人っきりでご飯なんて嫌ッス!」
「我慢しろっ。自分の立場、判ってんのか?」
「ヴィクターのおっちゃんのバカー。いけずー。頭つきの魚が怖くて食えないくせにっ」
「待て!!何でそんなこと知ってんだ、てめーはっ!!そもそも俺はお前に名前を教えた覚えはないぞ。何で知ってるか、白状しやがれ!!」

真っ赤な顔でアーノルドの首元を掴んで揺さぶるヴィクターをよそに、もう一人の騎士は笑い転げている。

「ヴィクターさん、魚は切り身じゃないと駄目なんですか?か、かわいいですね」
「黙れ、忘れろ、ジェラール」
「どんな些細な情報であれ、記憶力はしっかりと。情報収集担当の基本だと教えてくださったのはヴィクターさんでしょうに」
「本当に可愛くないな、テメエは!」
「俺にはとても可愛いです、アンタは」

そんな口げんかを繰り広げる騎士を前に、アーノルドは口を尖らせた。

「おっちゃん、お腹空いたッスー!ご飯は?」


++++++++++


一方、ロイはウンザリ顔を隠すのに精一杯だった。
伯爵家らしく整備された庭には色とりどりの季節の花が咲き乱れている。
繊細なレリーフが施された椅子に座り、美味しい菓子と茶を前にしつつも、逃げ出したくて仕方がなかった。
そもそもここに自分がいるのが場違いなような気がして仕方がない。
ロイも中流階級の生まれであり、けして悪い生まれではないのだが、爵位を持つ貴族の世界は完全に別世界だ。居心地が悪くて仕方がない。
しかし、同行者のオルスとエルザークは慣れているようだ。大貴族の前でも全く萎縮していなかった二人だが、この場もまるで貴族のように慣れた様子で伯爵家の兄妹と語り合っている。実際の素性を聞いた後では納得がいく光景ではあるが、一体いつまで付き合わねばならないのか。気が重くて仕方がない。
力を入れすぎると折れてしまいそうな薄くて細いティーカップ。
金で縁取られた皿に添えられたティースプーンは純銀だろう。一切の曇りもないように磨かれている。
触れて壊してしまうのが怖くて、茶を飲む気にもなれないロイだ。

「ところでそなたら、仕事をする気はないか?」
「ふむ、どのような仕事なんだ?」

すっかりうち解けて対等に喋っているオルスが問う。

「火蜥蜴(サラマンドラ)被害が増えてきたのでな。退治しようと思っている」
「あぁ…なるほど」

この世界には害獣が存在する。種類は大型のイノシシや群れをなす狼、熊やサメ、増えすぎた鹿など様々だが、このディンガル周辺に多いのは、大型のは虫類だ。
特に厄介だと言われているのが空を飛ぶ翼蜥蜴(ワイバーン)と火蜥蜴(サラマンドラ)だ。火蜥蜴は文字通り、火を吐くのだ。
ディンガルの山にある呼活炭と呼ばれる石をかみ砕き、体内でガスを生成して炎を吐くため、容易には近づけない。
鱗も強靱で堅く、なかなか俊敏でジャンプ力がある。素人には手が出せず、慣れた騎士でも単独では倒すのは難しいと言われている。
丈夫な鱗が防具の良き素材となるのだが、通常は狩りが許されていない。返り討ちにされることが多いため、禁じられているのだ。そのため、定期的に討伐隊が組まれている。
むろん、ディンガル騎士団が中心となって行うが、傭兵も雇われることが多い仕事である。

「お二方とディンガルのためならば喜んで」
「おお、頼もしいぞ!」
「さすがですわ、お兄様」

オルスが言えばお世辞に聞こえないところがすごいなとロイは内心感心した。
そこへようやく騎士団へ出した使いが戻ってきた。取り調べが済んでいないのであと一日待っていただきたいと言われたという。

「ふむぅ……即解放しないとは……」

ルオンは顰め面だが、逆を言えばあと一日で解放されると約束されたようなものである。それぐらいならば待ってもいいかとエルザークは思った。同じ事を思ったのか、オルスも、同じように返答している。
それに伯爵家が解放しろと圧力を掛けたわけだから、ヘタなマネはされないだろう。アーノルドの身の安全は保証されている。

「食い逃げの代金ならばちゃんと払うと伝えたのか?」

ルオンはそんなことを臣下に問うている。

「いえ、アーノルドが捕まった原因は、食い逃げではありません」

この人、人の話をちゃんと聞いているのか?と不安になりつつ口を挟むエルザークであった。