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◆竜鱗の害獣退治(6)


翌朝、伯爵家へ向かったエルザークたちはオルスの弟妹になるルオンとルシアに会った。
彼らもオルスらを呼びに行こうとしていたらしく、呼ぶ手間が省けたと喜んでくれた。

(しかし、ホントに今度のルオン様は別人だな)

エルザークもかつてのルオンには会ったことがある。
何でも人並み以上にこなす優秀な兄オルスに萎縮していた弟だった。
そして、ルオンは兄と違い、貴族の血にこだわり、貴族の血をひいていないのに伯爵家に養子として引き取られたアーノルドを軽んじていた。オルスの弟でありながら、性格的には全く似ていない、卑屈で歪んだところのある青年、それがエルザークの知るルオンだった。

(まぁこっちのルオン様の方が、好感が持てるのはありがたいが…)

困惑するエルザークをよそに、新たな弟に好意を抱いている様子のオルスは『北の双将軍殿が命の恩人であるそなたらを探しておられる』という話に、『ちょうど会ってきたところなので大丈夫だ』と笑顔で答えている。

「ところで君たちの母君はお元気かな?伯爵の話はときどき耳にする機会はあるのだが…」
「そうか?母ルイーナもときどき祭りには出向いているぞ」
「そうなのか。お元気そうで何よりだ」
「うむ。私も領民が母のことを気がけてくれていることをうれしく思う」

ルイーナというのはオルスの母の名ではない。
どうやらこの世界の弟妹たちはオルスの異母弟になるらしいとエルザークは気付いた。この世界ではオルスの父は別なる女性と婚姻したらしい。

(なるほど。そこも違うのか…)

オルスは予想を付けていたのか、驚いた様子は見せていない。

「ところで連れのアーノルドがディンガル騎士団に連れていかれまして、困っているのです。助けてもらえませんか?」
「おお、何ということだ。双将軍の命の恩人を捕らえるとは!ふむ、食い逃げでもしたのか?金に困っているのならば言ってくれればよいのに!」

食い逃げと決めつけられたことにエルザークは苦笑した。
食い逃げはディンガルで一番多い犯罪だ。それも傭兵が犯すことが多い。
それを知っているため、エルザークは苦笑しつつもおかしいとは思わなかった。

「いや、実はアーノルドは『ガルダンディーア』に気に入られております。それで調べられるために連れて行かれたようなのです」
「あれはディンガル騎士にしか扱えぬ代物ではなかったか?」
「アーノルドは特殊体質なのです」
「ほう、そうなのか!」

『特殊体質』で片付けたオルスにそれはあんまりな説明だろうとエルザークは思ったが、ルオンがそれで納得してくれたので、エルザークは驚いた。
この世界のルオンは実に単純明快な性格のようだ。これで領主となるということが不安になるぐらい単純だ。
しかし、オルスは新たな弟に好意を抱いているらしく、終始笑顔だ。彼は素直な者や単純な者が大好きなのだ。しかも年下なら尚更だ。

(まぁ俺もかつてのルオン様より、こっちのルオン様の方が好きだが……)

いろいろ思っても以前のルオンが戻ってくるわけではない。好意を抱ける相手になったのだからいいか、とエルザークは割り切ることにした。
オルスもそう思っていることだろう。彼はかつての弟とは不仲だった。

「ふむ。恐らく当家の力だけで助け出せるとは思うが、念のため、北の双将軍のお二方にも助力をお願いするか?」
「いや、それは結構です」

きっぱり断ったオルスにエルザークはホッとした。
恐らく頼んだら力を貸してくれるだろう。良心的な人物たちだ。
しかし、あの無茶な弟君が怪我を押してやってきそうな気がする。そこが一番心配だ。

(とにかく危なっかしくてな、あの人は…)

重傷の身で戦場に出続けた姿を思い出す。ちゃんと回復していればいいがと思う。
無茶ばかりする彼に自分たちの用件で無理をしてほしくない。

(あの人を諫めることができる側近、または同等の血をひく人がご兄弟以外にいらっしゃればよかったのに。あの人の無茶を止めることができる人がいないということが一番問題だ。アーウィン様は似たもの同士だし……)

そんなことを思うエルザークを余所に、ルオンはその場で手紙を書くと、臣下を呼び、すぐにディンガル騎士団へ向かうよう告げた。

「恐らくこれで釈放されるだろう。そうでなかった場合は私が自ら向かうので安心せよ」
「ありがとうございます」

そこでずっと無言で口を挟まなかったルシアが屋敷の奥の方を指しつつ告げた。

「お兄様方、よろしかったら庭でお茶でもいかが?素敵な紅茶がありますのよ」
「おお、それはいいな。ぜひ双将軍のお二方を助けた時の話を聞かせてくれ」
「喜んで」

すっかり弟妹を気に入っているオルスが笑顔で頷いたため、エルザークとロイも一緒に庭へ向かうこととなった。