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◆竜鱗の害獣退治(5)


一方、そんな会話が交わされているとは知るよしもない一行は、適当に取った宿の一室で、ロイに事情を説明していた。
主にエルザークが話し、時折オルスと黒竜グィンザルドが補足する形で説明をした。
その間、ロイはほとんど無言だった。あまりにも非現実的な話であるため、無理もない。

「あんたらが……ディンガルのトップだったのか……」
「そうだ」
「若いな」
「そうだな。戦死もしくは重傷による交代だから突然だったのは確かだ」
「アンタらがいなくなった世界はどうなってるんだ?」
「最初からこやつらが存在しないという世界になっているだろうよ。だから考えても無駄じゃ」
「生まれた時から存在しないって事になってるってことか?」
「そうじゃ。確認できぬことゆえ、あくまでも推測じゃがな」
「だからガルダンディーアも…?」
「そうなるが、まぁアーノルドは例外かもしれない」
「例外?そんなことあるのか?」
「アーノルドは生まれつき、炎に触れても怪我を負うことがなくてな。当然、炎と光の武具であるガルダンディーアにも素手で触れられるというわけだ。直接触れることが出来るため、威力もコントロール力も格段に増す事が出来、歴代の使い手の中でも断トツトップの威力を出すことが出来る。ガルダンディーアを全身に纏って戦うことができるのはアーノルドだけだろう」
「……すげえな」
「ありがとうございます」

アーノルドはあっさり答えた。恐らく言われ慣れているのだろう。
あまりにあっさりしているため、ロイも嫉妬等とは無縁でいられた。

「…俺がアンタの先輩ねえ……」
「先輩兼部下です」
「部下!?」
「俺が大隊長の時、先輩は中隊長でしたもん」
「アンタの部下だったのか!?この人たちじゃなくて、アンタの!?」
「そうですよ。ロイは俺直属の部下でした」
「うわぁ…苦労してたんだろうな、俺」
「酷いッスー!」
「まぁ否定はできねえな…」

アーノルドの書いた文字が読めないだの、内容がおかしいだの、会議が進まないだの、しょっちゅうアーノルドの部下にヘルプを受けていたエルザークとしては、到底否定できない。

「ちなみにオルス先輩は俺たちより上にいたから、俺たち全員部下ッスよ」
「そっちは何となく理解できるが」
「酷いッスー!」
「そういや、あんたも読み書きが出来るのか」
「できますよ。まぁ字は汚いですが」

この世界の識字率はそれほど高くない。
この世界では、学校に行かねばならないという決まりがないため、親に教わるか、私学に行くしかない。
大国であるウェリスタでも二人に一人しか読み書きはできない。田舎になればなるほど、読み書きが出来る割合が低くなる。
当然、傭兵の世界では読み書きできない者が多い。サインのために自分の文字が書けて、仕事に関する単語が理解できる程度の読解力を持つ者がほとんどだ。

ロイは幼少時から教育を受けてきたことと、士官学校に途中まで通っていたこともあり、読み書きはできる。
そしてオルスとエルザークが読み書きできるのは、さすがに知っている。
特にエルザークはとても綺麗な文字を書く。そのためか、第二王子に送った手紙やサインが必要な場面などではほとんどエルザークが書いているほどだ。
この世界では読み書きができない人間のために、代わりに手紙などを書く代筆という仕事があるが、文字を書くプロである彼らより綺麗なんじゃないかという文字を書くのがエルザークだ。

「せんぱーい、お腹空いたッス〜」

説明が一段落したころ、椅子に座ったエルザークを背中側から抱きしめるようにしつつ、アーノルドが強請った。一応、会話が一段落するまで待っていたのは、彼なりに気を使ってのことだろう。

「ふむ、そろそろ食べに行くか」

オルスが窓の外を見つつ言った。陽は傾きかけている。
この世界では貴族向けの宿でもない限り、ルームサービスなんてものはない。その代わり、大抵の宿には食堂がついている。

そうして食堂へ行くと、見覚えある顔がカウンター席に座っていた。北からの帰りに一緒だった商人ギドだ。

「お、来たな。どうだ、一緒に飲まねえか?」
「待っていたのか?」

空いた席に座ると、商人もカウンター席から移動してきた。

「なーにたまたまだ。ここは俺の店から近いんだ。連絡先が決まったら教えてくれと言っただろ。この宿でいいのか?」
「いや、まだ決まってはいないんだが…」
「それだけの腕を持っていて、なぜ拠点がないんだ?」

疑惑の視線を向けられ、エルザークはポーカーフェイスを保ちつつも、内心悩んだ。
傭兵というのは拠点を持つ。拠点となる場所を中心に仕事を受けるのだ。
拠点となる場所は、仕事が多い場所が主流だ。つまりは人口が多い街だ。
ウェリスタ国の場合は、王都、三大公爵家の街、西のバール騎士団本拠地である城塞都市ハーゲン、北西のディンガル騎士団本拠地であるディンガル地方、最大の港町ギランガ辺りが多い。
傭兵は拠点となる街で連絡先を持つ。連絡先となるのは酒場が多い。酒場は仕事の依頼者と傭兵の仲介役となり、チップを貰う。そういう風に傭兵の世界は成り立っている。

元々、傭兵ではなかったから、まだ連絡先がないと言えるはずもないし、どう答えるのが自然だろうか。
そこへずっと無言で食べることに集中していたアーノルドが答えた。

「王都には連絡先があるッスよ」
「あぁ、アンタら、元々、王都の方に拠点があったのか」
「アキレウスのおっちゃんが開いている酒場ッス」
「どこだ、それは?」

アーノルドのおかげで追求を逃れることができたエルザークは、逆にオススメの連絡先がないか問うてみることにした。

「オススメはあるか?」
「将来、どちらかの傭兵団に入る予定はあるか?」

傭兵向けの酒場は大抵、どちらかの傭兵団と取引をしているというギドにエルザークは困った。できればしがらみを作りたくはない。しかし、どちらかに属した方が楽なのだろうか。
エルザークが返答に困っている様子を見て取ると、ギドは、俺が仲介役になろうかと言い出した。

「うちは薬中心の雑貨屋だが連絡係ぐらいはできるだろうよ」

何かあればうちの店を連絡先としてあげてくれればいい、その代わりチップは貰うぞ、というギドにエルザークは苦笑した。何とも商売根性豊かな男だ。

「お前さんこそ、どちらかの傭兵団に属しているということはないんだな?」
「ねえなー。誘いは来るが、今のところ、どちらかに属するってのは商売上のデメリットも大きいんで予定はないな。本家からも常に中立でいろとアドバイスを受けているから」

話を聞きつつ、無言だったオルスが口を挟んだ。

「さすがウェール家だな」
「お、うちの店のことを知っているのか。俺は下っ端も下っ端だ。さすが、なんて言われると困るぜ」
「北と西にも支店があるのか?」
「よくお判りで。三大公爵家のお膝元にはすべて支店があるぜ」

いざとなったら連絡先にしてくれればいい、というギドにエルザークは悪くない話だな、と思った。傭兵は戦いに応じて拠点が移ることがある。その際、連絡先に悩まずに済むというのはありがたい話だ。
エルザークがオルスに視線を向けるとオルスは頷いた。

「お前がかまわないのなら、俺も構わないぞ」
「そうか。じゃあ、ギド殿、よろしく頼む」
「おう、商談成立だな」

商談、というところを見ると相手はこれを仕事だと思っているらしい。仲介役なのでチップが貰えるという意味では確かに商売の一環なのだろう。

「店はどこだ?」
「おう、ここからそう遠くないんで案内してやる。来いよ!」
「あ、俺、まだ食べ終わってないんで…」
「じゃあ食ってろ。俺たちだけで場所を確認してくる」
「はーい」

後で説明すればいいだろうと思い、エルザークたちはアーノルドだけを置いて、店を出た。
ギドの店は北の通りにあった。場所はよくもなく悪くもないといったところか。しかし、街の中では城からそう遠くない場所にあり、治安はよさそうである。
オルスは背が高い。彼は看板の裏にある小さな足跡を見て笑んだ。

「これが噂の黄竜殿の足跡か」
「よくご存じで。ルーの足跡だ。ヤツはこれぐらいしか仕事をしてないという噂だけどな!」
「上になればなるほど、判を押す仕事が増える。そうしたものだろう」
「ハハハ、あんた、経験したことがあるように言うんだな!」

さすがに経験者だとは言えないため、適当に誤魔化した。

そうして店に戻ったエルザークたちは、店主に思わぬことを聞いて驚いた。
なんと店へやってきた数人の騎士たちにより、アーノルドがディンガルの城へ連れて行かれたという。

「理由は?」
「わからん!だが、ガルダンディーアを操った男だな、と言われていたぞ!あんたら、一体何をやらかしたんだ!?」

エルザークはオルスと顔を見合わせた。以前の戦いでガルダンディーアがアーノルドに駆け寄ってきたことがあった。そのことを覚えていた者がいて、ディンガルの城に連絡が行き、騎士が事情を問うためにやってきたのだろう。

「ふむ。すぐに処刑などとはならないだろう」
「ただ行っても俺たちまで捕まるだけだな」
「そうだな、身元を証明してくれる者が必要だ。ふむ、妹君は力になってくれるだろうか」
「他に当てもない。リーガ様がいらっしゃったらお力になって下さるだろうが、近衛第三軍は王都だ、遠すぎる」

とりあえず伯爵家へ頼みにいくかと話し合うエルザークらにギドが口を開いた。

「近衛軍に知り合いがいるのか?連絡しておこうか?」
「そうだな。一応頼んでみるか」

エルザークは酒場の店主にチップを払って、ペンと紙を借りるとオルスに差し出した。今回は仕事の依頼ではなく頼み事となる。オルスに好意的だったリーガへの頼み事のため、オルスが書いた方がいいだろうと判断したためである。
オルスもリーガ宛の手紙ということで素直に引き受けた。
しかし、『愛するリーガへ』という書き出しで始まった部分が見えてしまったため、エルザークは自分が書くべきだっただろうかと思わず悩んだ。どんな手紙になるのか非常に不安だ。オルスは公私の区別は付けることができる男だが、ときどき飛んでもないことをしでかす男なので不安がなくならないのだ。
そんなエルザークの不安を余所に書き上がった手紙はギドにチップと一緒に託された。王都へは、距離があるのでチップもやや高額だ。ギドは仕入れがあるのですぐに届けてやるよと好意的に引き受けてくれた。
そうして宿の部屋に戻った二人は、時間も遅いので伯爵家には明日向かうとロイに告げた。

「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。騎士団のやり方は熟知している。どんなに前科がある犯人でも即、極刑にしたりはしない」
「でもよ…もし何かあったら…」
「むしろ、アーノルドが牢を壊さないか、そっちの方が心配だ」
「そんなことできるわけないだろ!牢は印を使えない作りになっていると聞くぞ」

通常、牢という場所は、印を使えない特殊な作りとなっている。更に入れられる罪人には印を封じる枷をはめられることが多い。そういう風に何重にも印を使えなくするようになっているのだ。

しかし、オルスは苦笑顔で首を横に振った。

「いや、アーノルドだからな」
「あいつは壁をぶち壊す常習犯だった」
「うむ。室内訓練場の壁に、執務室の壁に、寝室の壁のときもあったか…」
「あいつは高い給与を貰う身だったが、弁償する修復費もすさまじかった。給与の半分は修復費になってたぐらいだ」
「地下牢ならともかく一時置きのための仮牢なら手枷ぐらいしかしてないだろう。アーノルドなら簡単に壊せるはずだ。今はエルザークと離れているから印が抑えられていない。印が暴走しなければいいが…」

それってやばくないか?とロイが問うと、エルザークとオルスは顔を見合わせた。

「さすがにそこまでバカじゃないだろう」
「うむ。一晩ぐらいは何とか出来るだろう」
「恐ろしいのは印の暴走だけだ。一晩ぐらいは大丈夫だろう」