その後、山賊に襲われるというトラブルがあったが、エルザークたちの活躍で被害はなく、ルオンとルシアは大喜びであった。
山賊は密猟したと思わしき動物たちを複数捕らえていたが、ルオンたちが責任持って保護すると言ってくれた。
無事ディンガルについたルオンは、山賊退治と領民を助けてくれた礼をしてくれると言ったが、エルザーク達は断った。幸い金はあるし、何よりもオルスの弟妹だ。手厚く礼をされるのは気が咎める。
「どちらの傭兵団に所属しておりますの?」
どちらの、と問うということは、ディンガルの傭兵が二つの傭兵団のどちらかに属していることが多いということを知っているらしい。
若い女性でありながら、傭兵の事情を知っている辺り、侮れないな、とエルザークは内心感心した。
「いや、俺たちはどこにも所属していない。今のところフリーだ」
「おお、そうだったのか!」
「まぁ。名は何と申しますの?」
「エルザーク・デクスター・レーイング」
エルザークは躊躇いがちに答えた。
弟妹は三人に己と同じ姓名を聞き、驚きを見せた。
「おお、奇遇だな!」
「ええ、お兄様。さすがは我が伯爵家の姓ですわ!良き者に縁がありますのね!」
幸い、二人は良き方にとらえてくれた。傭兵が同じ姓を持っていることに彼らは不快さを感じなかったらしい。エルザークはホッと安堵した。
(この単純さ。オルスの弟妹というよりアーノルドに似てるな。この性格ならオルスは…)
案の定というべきか、オルスは好意を抱いたようで、微笑を浮かべて二人を見ている。オルスは年下でなおかつ素直な者が大好きなのだ。その上、血縁なら尚更だろう。
「本当に礼はいりませんの?恩人に礼も出来ぬというのは、私、とても不満ですわ」
上目遣いに睨まれ、エルザークはたじろいだ。
(うっ、さすがオルスの妹だ。可愛い…)
オルスも容姿のよい男だが、妹は大柄な兄とは正反対で小柄でとても愛らしい容姿だ。そしてその愛らしさは男の庇護欲を大いにそそるものであった。
まだ十代前半で容貌にも幼さが残る年頃だ。ぱっちりした目や整った目鼻立ちは十分愛らしく、当人も己の容姿をよく判ったセンスの良い服を身につけている。それがより一層愛らしさを掻き立てている。
「じゃあ、兄と呼んでくれないか?」
隣から顔を出したオルスが笑顔で告げる。
二人は目を丸くした。
「兄と?変わった要望だな」
「そんなことでよろしいの?」
目を丸くする二人にオルスは笑顔で頷く。
「あぁ、君たちに兄と呼ばれてみたいんだ」
「まあ、そなたの希望なら構わぬが」
「ええ、よろしくてよ、お兄様」
「ありがとう、妹姫」
「ふふふ、貴方みたいな素敵な男性に妹と呼ばれるのも悪くありませんわね」
ルシアは両手で頬を押さえ、嬉しそうに笑んだ。
身分差を気にしないところといい、単純明快に喜んでくれるところといい、貴族の姫とは思えないほど素直だ。
「それでは兄上。連絡先が決まったら当家に連絡を頂けるか?今後、我が領民のため、依頼をすることがあるかもしれぬ」
そう言うと、ルオンは軽く頭を掻いた。目尻が少し赤らんでいる。
「…ふむ……そなたらへの報酬とはいえ………なんだか、兄上、と呼ぶのは照れくさいものだな」
「そうか?俺は嬉しいが」
オルスの嬉しそうな様子にルオンも釣られたように笑んだ。
「ハハ、たまにはいいか。ではな」
「お兄様方、ごきげんよう」
ルシアは愛らしく手を振り、ルオンと共に馬車に乗って去っていった。
「さすがオルス先輩の妹姫ですね〜、可愛かったッス」
「同感だ」
「うむ。いきなり弟妹ができるというのも悪くないな」
そりゃそうだろうとエルザークは思った。
小柄で愛らしく、領民思いな働き者、おまけに単純なくらい素直、となればオルスの好みをつきまくりだ。オマケに妹というオプションつきである。好意的にならないはずがない。
「さて……連絡先を決めなきゃいけないわけだが……妙に人が多いな」
ディンガルの町を見回しつつ呟くエルザークにロイが答えた。
「あ、今は受験の時期だから」
三人は顔を見合わせた。確かにディンガル騎士団の受験時期だ。
ディンガル騎士団は春と秋の年二回募集を行うが、春の方が受験者は多い。
「あー!そういやそうか。忘れてた」
「懐かしいッスねー。俺、試験受けずに入ったからすっかり忘れてたッス」
「……試験受けずに入ったって、アンタ、ディンガルの元騎士なのか?」
「あ……えーっと…」
「もういいから白状しろよ。薄々、気づいてるからさ。ただ……訳が分からないことが多すぎるが。あんたら、どこから来たんだ?」
アーノルドが困ったように二人の先輩を振り返る。
オルスはロイの眼差しを受け、微笑したまま頷いた。
「いつか説明せねばならないと思っていたからな。ロイの心の準備がついたのなら説明しよう。信じてもらえるかは判らないが」
まずは宿を取ろうと言われ、エルザーク達は傭兵向けの宿を選び、部屋を取った。