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◆竜鱗の害獣退治(2)


北方から西のディンガル地方へ戻る道中のことである。
エルザーク達は山道で何やら騒ぎが起きているところに出くわした。
まず道の手前の方には二台ほど馬車が止まっている。片方は貴族の物だろう。質がよさそうだ。
そしてその道の奥は、山肌が一部剥がれ落ち、山道に土砂が積もっていた。
運悪くその土砂崩れに巻き込まれた人たちがいたようだ。荷馬車が一部埋もれているのが見えた。
数人の人々がせっせと土砂を掘っている。珍しいのはその中に貴族服を着た男女が含まれていることであった。
一人は20歳前後であろう、褐色の髪を持つ穏やかな風貌の若い男。素手でせっせと土を掘っている。
もう一人は10〜12歳ぐらいに見える褐色の髪の幼い顔立ちの少女。ドレスを泥まみれにしつつ、土砂を掻き分けている。口元には外したらしき白い手袋を咥えて、せっせと素手で土を掻き分けているのだ。何とも珍しい光景である。

「おい、大丈夫か?事情を説明してくれないか?」
「旅の人か!見ての通りだ。土砂を何とかせねば通れない」
「馬車がやられていてな。人は無事だったが馬車が埋まっているんだ」

なるほど、とエルザーク達は頷いた。

「俺たちは土の印を持っている。手伝えそうだ」

そう告げると人々は顔を輝かせた。

「おお!!それはありがたい!!」
「素晴らしいわ!早く私の領民の馬車を助けてちょうだい!」
「私の領民?」
「まぁ、申し遅れましたわね。私、デクスター伯爵家第二子、ルシアと申します。こちらは兄のルオン」
「デクスター伯爵家第一子、ルオンと申す」

デクスター伯爵家は、ディンガル地方を治める貴族であり、オルスの実家だ。当然、デクスターの姓名はオルスも持っている。
そしてオルスの実家に養子として引き取られたアーノルドもデクスター姓だ。エルザークと婚姻後はミドルネームにその姓名が残っている。

「……すると……」

(オルスの……弟と妹!?)

かつての世界では、オルスは二人兄弟でルオンという名の弟がいた。
この世界ではその下に妹が生まれていたらしい。
確かに兄弟の顔立ちは、オルスに似ている。みるからに善良そうな二人だ。

(けど、ルオン様はまるで別人のようだ……かつてのルオン様と似てない…)

この世界はオルスがデクスター伯爵家に生まれなかった歴史を辿っている世界だ。
当然、オルスがいない分、大きな違いがあるはずだ。
この弟妹もその違いの一つなのだろう。
さすがにオルスも驚いたのか唖然とした様子で弟妹を見ている。
先に我に返ったのはエルザークであった。

(ボーッとしている場合じゃねえ。まずは助けねえと…!)

エルザークが土の印を動かして、馬車を掘り出すと、ルオンは慣れた様子で周囲に指示を出した。皆もご領主様の息子であるためか、反論することなく従っていく。
その様子を見つつ、エルザークはルシアに問うた。

「ルシア様、アンタ、自分で泥を掘ったのか?」

泥まみれの相手に呆れ気味に問うたエルザークにルシアは当然だと答えた。

「領民の馬車が埋まっていましたのよ。掘らないでどうするといいますの?」
「いや、あんた、姫様だろ…」
「ここは山道ですわ、人が少ないのですわよ。掘らなきゃ馬車が通れなかったのです」
「そりゃそうだが…何もアンタが動かなくても」
「まぁ!私もお兄様も領民と同じく手足がある人間ですのよ!馬車ぐらい掘れますわっ」

失礼なと言わんばかりに怒っている。
そういう意味ではない。それに普通、貴族の姫は自ら泥を掘ったりしないものだ。
この領民のために率先して動こうという性格は誰かに似ている。
そう思い、エルザークはすぐに思い当たった。北の双将軍の片割れだ。彼にはさんざん振り回されたばかりだ。

「アンタ、そういうところ、ローウィン様にそっくりだ…」
「あら、彼をご存じですの?評判のいい方に似ているなんて光栄ですわ。
ささ、何をしてますの!また道がふさがれないうちに進みますわよ。
傭兵、あなた方もすぐ準備なさい。土砂が落ちてきそうになったら、死なないよう食い止めますのよ!」
「…わかった」
「くれぐれも死んじゃいけませんわよ、傭兵っ。あなた方も気をつけるのですよっ」
「…わかった」

一介の傭兵の身を案じるところまでローウィンに似ているようだ。
オルスは黙り込んだままだ。突然現れた弟妹に驚いている様子で、特に妹を見ている。

進み出した一行の中、こちらを興味深そうに見ていた一人の旅人が話しかけてきた。

「面白い姫さんだろ。地元で人気の姫さんなんだ」
「型破りな姫君だな。いつもあぁなのか?」
「あぁ、破天荒な姫さんだが領民想いでな。地元の祭りの時は倉にある酒や食い物を振る舞ってくださる。よそ者の傭兵たちにも分け隔て無く配布してくださるんで、気の荒い傭兵共も姫さんのことは大好きなのさ。地元の孤児院にもよく顔をお出しになられて、子供と一緒に遊んでくださるそうだ」
「なるほど。…そういやアンタは?」
「俺はディンガルで商いをしている。ウェールのお店、ディンガル支店の店主ギドだ。よろしくな」

赤毛を短く刈り込んだ男は30歳になるかならないかといったところだろう。栗毛の馬に乗っている。馬の左右には商いの荷物が下がっている。

「何を取り扱ってるんだ?」
「薬を中心に雑貨全般。今はな」
「今は?」
「うちは支店が多い。その気になれば世界中からどんな品でも取り寄せてみせるぜ。店もどんどん取り扱ってる品を増やしていく予定さ。あんたらは連絡先が決まってるのか?」
「いや、まだだ」
「じゃあ連絡先が決まったら教えてくれ」
「あぁ、こっちも何かあった時は頼むかもな」
「どうぞ、ごひいきに」