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◆霧の記憶(9)


自室に戻ったロイは、扉に背を付けたまま、無言で目を閉じた。
胸に満ちるのは、やりきれない悲しみ、そして諦めだ。

アーノルドとエルザーク。
二人のために、いざというときは命を投げ出さなければならない。
誰よりもオルスに近い位置にいる二人のために、命をかけなければならない。

二人に勝ちたいと思っていた。
二人がうらやましかった。

いつもオルスの背を守り、オルスの力になっている二人がうらやましかった。だから勝ちたかった。そのために努力してきた。
大きな攻撃力を持つアーノルドと、その補佐をしているエルザークは、ディンガルの未来を担う逸材だと言われている。
彼らに勝る活躍をするのは難しい。それでもコツコツと頑張り、オルスの力になるつもりだったのだ。
アーノルドとエルザークほど活躍できずともいい。
ただ、オルスの背を守れる存在になりたかった。
しかし、そう決意していた矢先にこの命令だ。
それでも、オルスの望みがそれであるのならば。
他でもないオルス自身が望んでいることだから。

「お前のためだ」

エルザークとアーノルドのためではなく、オルスのために。
彼のために命をかけるのだ。それぐらい許されるだろう。
それがロイの精一杯の矜持であった。

とりあえず、今日は寝てしまおうか。
そんなことを思いつつ、目を寝台の方へ向けると、視界に見慣れぬ物が入ってきた。
ベッドサイドに置いてある小さなテーブルの上に黒い球があった。
黒水晶のような卵サイズの球はエルザークがいつも持ち歩いている品だ。ここで服を借りていった時、置き忘れてしまったのだろう。
持ち上げてみると、小さいながらもしっかりとした重みがある球であった。
何となくその球を手のひらで転がしつつ、ロイは目を閉じた。

(オルス……)

いつかこの想いが消える日が来るといい。捨てたい、捨てたくない、そんな矛盾した想いが心の中を過ぎる。
オルスは酷い男だ。昔からこちらの考えや想いなど考えなしだ。いつだって好き勝手に行動し、こちらを振り回す。助けてくれと言ってないのに助け、来るなと言っても追ってくる。これが自分勝手でなくてなんだ。
あげくにこちらを捨てる時だって勝手なのだ。本当に最悪だ。

「それでも好きなんだから、俺が一番最悪だな」

目を閉じたまま、そう呟いたロイの手の中で小さな球はほのかに輝いた。
しかし、ロイ以外、だれもいないその部屋でその明かりに気づいたものは一人もいなかったのである。