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◆霧の記憶(10)


目眩がする。
酷く体が痛む。
エルザーク達は無事、戦場を脱出できただろうか。
ハーゲンに入れただろうか。
オルスは無事だろうか。
敵将カークはヒビが入った長鞭をしばし見つめると、小さく吐息を吐いて、放り捨てた。

「気に入っていたのに残念です。我が武器を破壊するとは、なかなか骨がある騎士ですね。気に入りましたよ。我がハーレムに入れたいものです」

ロイは敵将カークを睨み付けた。
命のやりとりをしている時にふざけた男だ。
しかし、強さは本物だ。さすがに智将の側近として名を馳せているだけある。

「あいにく俺は惚れた相手がいるんでな。お前はお断りだ」
「貴方の意志は問うておりませんよ」
「ユージン、まだ生きているか?」
「ハッ、なんとか、ね」

今更、生き延びられるとは思わない。
この傷では生き延びる方が難しいと判る。
せめてユージンだけでも逃がすことができれば…。
そのとき、ダンケッドの声がした。

「カーク、時間だ」
「ええ、残念ですが、貴方と遊べるのはここまでのようです。あぁ、いい目をしてますね」

カークは己の馬に下げていた剣を抜いた。
湾曲型のその剣は、騎士が扱うにしては珍しいタイプの剣だ。

「不本意ながら…私の本来の武器はこの剣なのです。失った人と失っていたい記憶を思い出すので、あまり好きではないのですがね………これは水属性で最高位に立つ武具の一つ『ナギ』。威力はさきほどの鞭より遙かに上ですよ」

その言葉どおり、カークが剣を抜いた途端、圧倒的な印の気配が満ち始めた。
その隣に立つダンケッドが軽く防御陣を張る様子が見えた。カークの印の技の余波を遮断するためだろう。

「この剣を使うのは久々ですよ。さぁ、舞いなさい、ナギ。そして思う存分、血を吸いなさい……」