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◆霧の記憶(8)


『思わぬ危機に陥ったとき、何を犠牲にしてでもアーノルドとエルザークを守れ。これはディエゴ将軍の意志でもある』

それは万が一の時には死ねと言っているようなものだ。
ロイは絶句した。
隣で少し青ざめたユージンが唇をかみしめたのが見えた。

「その命令は……彼らは知っているのかい?」
「いや、知らない」
「そう……」

一度目を閉じたユージンは、次に目を開いた時、しっかりとした意志を宿していた。

「御意」

言葉少なく応じ、ユージンはそのまま足早に部屋を去っていった。
理由は予想がつく。エルザークがらみだからだ。ユージンはいつもエルザークの事ならば最優先で動く。
エルザークのためならば、ユージンは断らない。

そして部屋には二人が残された。


やっと力になれると思ったのに。

やっと信頼してもらえたかと思ったのに。

やっと彼直々に命令をもらえるかと思ったのに。

それなのに、この命令なのか。

終わりを告げるこの命令が。

最初で最後の命令なのか。


「ひでえ命令だ」
「ああ」
「お前の初めての頼み事がこれか」
「違う。命令だ」

それは拒否を許さないということだ。
ロイがわざと言い換えた言葉をオルスは聞き逃さなかった。
ロイはオルスを無言で見つめた。笑みを浮かべたが、顔が引きつっているであろう自覚がある。

「他でもないお前の命令だ。受けてやるさ。必ず守ってやる。だがあいつらのためじゃねえ、お前のためにだ」

言い切るとロイは背を向け、部屋を出た。