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◆ゼラーネの双将軍(15)


敵将を二人も失ったホールドス軍は、そのまま退却していった。
砦に残るかどうかは判らない。しかし、こちらは近衛第四軍も増援でやってくる。
敵はかなりの被害を出したため、恐らくは国外へ脱出するだろう。

ローウィンは卓上に転がった二つのピンを見た。ホールドス国で将軍位を意味する階級章だ。
その隣には花束。花束にするには小さくて地味な白い花が10本ほど、リボン代わりのハンカチで束ねられている。

「約束を果たしたぞ。アーノルドたちと倒してきた」
「………エルザーク……」
「あいにく血の花は持ってこれなかったんで、町の人に頼んで譲ってもらってきた。俺はこの花が好きなんだ。見た目は地味だが、どんな土地でも育つ、たくましくて元気な花だ」

少しは顔色がよくなったようだなと言われ、ローウィンは無言で目を伏せた。
俯くとやや長めの銀色の髪が表情を隠してくれるので好都合だった。

敵は去った。また攻め込んでくるかは判らないが、敵将を二人も失い、隊に大きな被害を出した以上、すぐには来ないだろう。ホールドス国では内乱も起きているという。すぐに増援を出せるほどの余裕はないはずだ。
ゼラーネの街は守られたのだ。

安堵すると同時に寂寥感に満たされた。
戦いが終わったということは、傭兵である彼らも去るということなのだ。
戦いが終わり、領地が守られたことに満足すべきなのに、どうしようもなく寂しい。
今まで誰かを頼ったことはなかった。怒ってくれる者もいなかった。
いつだって領民を守ることで精一杯で、誰かに守られることなどなかった。いつだって守る立場だった。

無言で俯いたローウィンの頭に手が伸びてきた。くしゃりと撫でられる。
大きな手の暖かみと優しさが無性につらい。

『あのっ!この人、俺の伴侶なんで!』

脳裏に声が蘇る。

彼は既婚者なのだ。
伴侶がいる身なのだ。

ローウィンは俯いたまま、きつく目を閉じ、手を握りしめた。

「…連絡先を聞いておいていいか…?いつか、また依頼をすることがあるかもしれない」

声を震わせずに言えただろうか。
そう思いつつ問うたローウィンに対し、エルザークは少し困ったように答えた。

「そうだな、ディンガルへ戻ろうと思っているんだ。落ち着くところが決まったら伝える。まだ決まっていないんだ」
「ディンガル…」

ディンガル騎士団は出撃が多い騎士団のため、当然ながら傭兵の仕事も多い。不自然なことではないため、ローウィンも納得した。彼らはディンガル地方にいる。そう判ったことで少し安心することができた。

「…元気で」

告げる言葉が思いつかず、ただそれだけを告げたローウィンにエルザークは笑んだ。

「あんたこそ、無茶するなよ」

その笑みが眩しく、つらかった。