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◆ゼラーネの双将軍(16)


一方、オルスはリーガの元へ来ていた。
リーガはオルス以外にも来客を迎えていた。増援部隊を率いてやってきた第四軍の将ディ・オンだ。

「えー!戦い、終わったのかよー!」
「ええ、貴方と共に戦えず、とても残念です」
「俺もだ。でもまぁ、勝ったってのはいいことだよな、よかったな、リーガ。おめでとう」
「ありがとうございます。その言葉、とても嬉しいですよ、ディ」

甘いのか甘くないのか、いまいち読みにくい会話を交わす二人を見ているのはオルスとヴィレムだ。
オルスはディ・オンが預かってきたという武具を受け取るために呼ばれたのだが、ヴィレムは最初から居合わせたのだ。

「武具を届けてくださりありがとうございます」
「あぁ。ついでだし、全然かまわないぜ。あんたらすごかったんだってな。俺も依頼することがあるかもしれないし、よろしくな」
「ありがとうございます。あの、一ついいですか」
「ん?」
「何があっても、死を選ばないでください」
「なんだそりゃ?もちろん、そのつもりだぜ」

怪訝そうなディ・オンに対し、リーガが口を開いた。

「ローウィン様が重傷の身で繰り返し戦場に立たれるなど、かなり無理をされたらしいのです。大変だったそうですよ」
「あー、なるほどな。俺はそこまで勤勉じゃねえし、安心しろよ、無理はしないさ」
「はい」
「オルス、私の身は案じてくれないのですか?」

わざとだろう。悪戯っぽい口調で問うてくるリーガにオルスは笑んだ。

「信頼していると受け取ってはもらえないのか?」
「おや、貴方ほどの腕の持ち主に信頼していただけるとはとても嬉しいですね。でも時には心配していただけるのも嬉しいものなのですよ」
「君を心配したら、ずっとそのことが頭から離れなくなりそうだ。それは大変困るのでな」

オルスの台詞を聞いて笑ったのはディ・オンだ。

「へえ、いい口説き文句だなぁ、覚えておこう。じゃあな」

悪意のない爽やかな笑いを残し、ディ・オンが部屋を出て行き、オルスは笑んだまま首を横に振った。

「口説き文句のつもりはなかった。誤解はしないで頂きたい」
「おや、残念ですね。貴方にならばぜひ口説かれたかったのですが」
「あいにく、立場の違いぐらいは判っているつもりだ」
「貴方はその盾をお持ちなのに?」

傍目にも質の良さが一目瞭然の盾。この盾が黒竜の変化した姿であることをリーガは見抜いているのだろう。

「彼は長い歴史を見続けてきたそうだ」
「……」
「私も彼とその歴史を見ていこうと思っている。君と同じ道を歩むことはできない。すまない」
「そうですか」
「だが、常に君の味方でいようと思う。信じてもらえるか?」
「それは……とても光栄です」
「ありがとう。リーガ、元気で」
「ええ、貴方も」

リーガに別れを告げ、エルザーク達の元へ戻りつつ、オルスの脳裏には前の世界での別れが蘇っていた。

『オルス、すまない。私は君と同じ道を歩むことはできない』
『リーガ…』
『だが、常に君の味方でいようと思う。信じてもらえるかい?』
『あぁ』
『ありがとう、オルス。元気で』

皮肉なことだ。リーガに言われた言葉を自分が告げることになるとは思わなかった。
リーガのことは好きだ。
しかし、この世界にはオルスの戸籍はない。例え、黒竜の使い手という肩書きがあろうと、どんな血をひいているかも判らぬ人間では、上級貴族の生まれであるリーガとは釣り合わない。
リーガは次期国王の側近となるべき身だ。かつてのオルスのように相応の生まれの相手を選ばねばならない身なのだ。
これがかつての世界だったらとは言わない。この世界に来たおかげで死すべき人を救うことが出来た。ロイもアーウィンもローウィンも、そしてゼラーネに住まう多くの人々を救うことができた。後悔はない。
それでも、好きな相手が向けてくれた好意がひしひしと感じられただけに胸が痛む。

城の出口付近まで来た時、明るい声が飛んできた。

「オルスせんっぱーい!準備できてますよーっ!」

アーノルドだ。側にはロイとエルザークもいる。
一行は、今からディンガルに戻ることにした。

「アーノルド、お前の武器だ」
「やったーーーー!!!これで思う存分戦える!!!!」
「あれで思う存分戦ってなかったのかよ!?」
「そうですよ、ロイ。全然でした!!でもよかったぁ!!武器――――っ!!」

明るく前向きなアーノルドの声で鬱屈した気分が吹き飛ぶ。
エルザークも安心したらしく、少し嬉しそうな様子を見せている。アーノルドの武器は悩みの種だったのだ。

「これで一安心だな」
「ロイ、お前の防具だ」
「は!!?俺、依頼してないぞ!?」
「何故かあったのでな……渡しておくぞ」
「……小手?いや、指輪…?」

一見した感じでは手首に付ける小型の小手のようにも見えた。しかし、ただの腕輪のようにも見える。しかし、小さな鎖がついており、その先には指輪がついていた。
色は艶のない黒。しかし全面に細かな文字のような文様が刻まれている。
それを見て、盾状態の小竜が口を開いた。

「風属性の防具じゃな。敵の印攻撃を吸収し、放出できるようになっている、攻防一体型の武具じゃ」
「すごいっ、さすがドゥルーガ殿ですね!!」
「きゅ、吸収できねえほど強い印攻撃だったらどうなるんだ!?」
「ドゥルーガの武具じゃ、抜かりないわい。ちゃんと受け流せるようになっておる。全面に刻まれておるのは、神々への祝詞じゃな。それを身につけておる間は、邪霊などに悩まされることはなかろうよ」
「すげー!俺も欲しいー!」
「お主、それ以上、神々の愛を受けてどうするんじゃ。そもそもこれは風属性の防具じゃ」
「あ、そうか、風属性じゃ使えないですもんね。意味ないか」

アーノルドは小竜の言葉を深く追求することなく、あっさりと納得して諦めた。

「さて、ディンガルへ戻るか」
「うぅ、騎士団にいろいろ追求されなきゃいいなー」
「そこはもう諦めるしかねえだろ」
「ガルダンディーアには会いたいッスけど…」

オルスは笑んで、前方を歩く友人達を追った。
恋人ではないが、同じぐらい大切な友人達がいる。
そして向かう先は、愛する故郷だ。

<END>