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◆ゼラーネの双将軍(12)


呼ばれた場所は、近衛軍に用意された広間の一つであった。
人払いされたのか、居合わせたのはリーガとリーガの部下らしき騎士であった。
簡単に挨拶を交わし、名乗りあい、エルザークはリーガの斜め後ろにいる騎士が第三軍副将軍の一人ヴィレムであることを知った。やや長めの黒髪の間から見える青い眼差しは鋭く、今は値踏みするようにこちらを見ている。くせ者という印象の強い男だ。

(あれがリーガ様の今の側近か。一筋縄じゃいかなそうな男を使っているんだな。彼らしいといえば彼らしいが……リーガ様はこれほど好戦的ではなかった気がするんだが)

だが今のリーガは攻撃に長けた隊を持っているという。受動的な性格であるということはなさそうだ。
隣を見ると、オルスは笑みを浮かべてリーガを見つめている。どうやらこちらのリーガにも好印象を抱いたようだ。

予想どおりというべきか、リーガからの話は礼金と士官の話であった。今回、エルザーク達は大きな功績をあげた。そのため、スカウトされたのである。
エルザークが答えようとした時、オルスが一歩進み出たことに気づいた。
エルザークは口をつぐんだ。

「ありがたいお言葉ですが、我らは傭兵であること以外望みません。我らに不干渉をお願いします。出来れば文書でお約束願いたい」

ローウィンに対して告げた言葉とほとんど同じ内容だ。

「……用意周到だな。よかろう。しかし残念だ。そなたらほどの腕ならば将軍も夢でなかろうに」
「光栄です」
「北を拠点にするつもりか?」
「いえ……ディンガルに戻る予定です」
「あぁ、ディンガルの傭兵なのか」

ディンガル地方には傭兵が多いので、疑われなかったようだ。リーガはあっさりと納得してくれた。

「私も最前線に出て戦う、と申したいところだが、今回は全体指揮に専念する。領主軍の方の指揮も任されたのでな。そなたらには敵将の足止めを依頼したい。頼めるか?」

オルスが受けようとした時、アーノルドが戸惑ったように口を開いた。

「え、っと、その敵将ってジョサイアですか?」
「!!」
「ジョサイアが来ているのか!?」
「砦を脱出して、退却してる時に会いました…」
「奴が率いていた隊は撃退できたんですが、ジョサイアには避けられてしまいまして…」

エルザークが補足するように説明すると、リーガは腕を組んだ。
リーガの隣に立つヴィレムが口を開いた。

「いいんじゃないか?ここまで攻め込まれた以上、避けられぬ事態だ」
「西のガルバドスも不穏なのに、北の大国とこれ以上もめるのは避けたいんだがね、ヴィレム。ジョサイアを殺したら火に油を注ぎかねない」
「現状を見ろよ、リーガ。ここまで攻め込まれている状況は、あちらさんの宣戦布告じゃなくてなんなんだ?」

リーガはため息を吐いた。

「チャンスがあれば、首を持ってこい」
「御意!」


++++++++++


傭兵達が出て行った後、ヴィレムは遠慮無くソファーに寝転がった。

「ヴィレム」
「なんだよ、いいだろ。まだ時間はある」
「たしかに強行軍で来たが、君はそう疲れてはいまい」
「あんた好みの男だったな、オルスって言ったっけ。でかくて穏やかそうで、立ち振る舞いも洗練されてる。アンタの好みの固まりみたいな男だ。気にくわねえ」

ヴィレムは士官学校時代からリーガを好きな男だ。
リーガを好きな一心でずっと彼を追い続け、人使いの荒いところのあるリーガに尽くし続けている。しかし、互いの性癖の違いから、想いは一方通行のままだ。
リーガの方も、ヴィレムのように尽くしてくる男は大勢いるため、あまり気にとめていない。
モテるリーガは、いつも志願奴隷のような男に囲まれている。ただし、当人は男にモテすぎる上、襲われそうになることもあるため、さほど喜んではいない。一長一短だと考えている。

「確かに好みだったがね」

傭兵と言われて連想するような粗野な面が一切ない、珍しい傭兵達だった。
むしろ立ち振る舞いは騎士のもので、公爵家の城という場所にも萎縮した様子は一切なかった。
オルスもリーガには好感を抱いてくれたようで、笑みを見せてくれていた。お互いに大変好印象だったと言える。

傭兵は金次第で誰にでも雇われる存在だ。彼らのように際だった腕の持ち主が敵に回ると大変厄介なことになる。それでなくても上級印持ちは貴重だ。出来れば手元に置いておきたかったが、断られてしまった。
しかし、幸いなことにディンガルを拠点にしてくれているようだ。あの地方の傭兵ならば、二大傭兵団のどちらかに所属している可能性が高い。敵に回る可能性は少ないだろう。

「しまった。ディンガルでの連絡先を聞いておけばよかった」

リーガの呟きを耳にし、ヴィレムが顔をしかめたが、リーガは気づくことがなかった。