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◆ゼラーネの双将軍(10)


「やっぱりドゥルーガ殿の武具じゃないと。早く届かないかなぁ」

アーノルドのぼやきに黒竜は口を開いた。

「奴は今、使い手がいるからな。側を離れたがらないだろう。取りに行かないといけないと思うぞ」
「うー…そうですか。それじゃやっぱり今回の戦いで使うのは無理かぁ」
「預かってきた剣はよくないか?」
「小振りな上、放出力が弱くて。どうもコントロールに重点を置いてあるっていうか。壊れないのはありがたいですけど…」
「ふむ。まぁお前が使って壊れないというだけでも貴重だと思うが。さすがはドゥルーガ殿だな。せっかくいただいた武具だ。大切に使え」
「はいっ」

そこへ一人の老人がやってきた。若い大柄な男に背負われている。姿からして避難民のようだ。
街に残った避難民は城近くの建物やテントに集められている。わざわざ、危険な外壁近くまでやってきた理由が判らず、オルスは怪訝に思った。

「どうかされましたか?」
「おお、そなたじゃ」

老人の視線はアーノルドの方に向けられていた。
そこで事情を説明され、オルスはアーノルドとエルザークが助けた馬車の一行に老人が含まれていたことを知った。
老人はアーノルドとエルザークらしき人物がこの街にたどり着いたことを誰からか聞いたらしい。わざわざ礼をしにやってきたとのことだった。

「騎士として……いや、人として当然のことをしたまでのこと。礼をされるには及びません」

アーノルドは元副将軍だ。いざとなれば、相応の態度や振る舞いをできるのである。

「ほほ、立派じゃのう」
「いえ…礼ならば先輩……いや、エルザークの方に。彼の指示でした」
「もう申してきた。主と同じ事を申しておった」
「……」
「誰かを助けるということは簡単なことではない。自らの命を他人の命と天秤にかけるとき、他人の命を取ることが出来る者がどれほどいようか。まして見ず知らずの人間相手だ。礼を申す」

アーノルドが礼を返す様子を見つつ、オルスがゆっくりと口を挟んだ。

「ご老人。連れは城内にいたはず。失礼ながら貴方は…?」

幾ら避難民といえども、城の中に軽々しく立ち入ることはできない。老人は一体どうやって入ったのか。エルザークが傭兵の身でありながら城に入ることができたのは、ローウィンが一緒だったからなのだ。

「おお、申し遅れたの。儂はジギスムントと申す。先王の元宰相じゃ」
「!!!」

つまりは先代国王の時代に国を動かしていた一人だったというわけだ。
そしてジギスムントの名は聞いたことがある。名宰相と言われ、国の発展に尽くした一人だったはずだ。

「儂は元々、北の生まれでの。宰相を辞した後は、このサンダルス公爵家に勤めておったが、体を壊しての。故郷の村でのんびり暮らしておったのじゃ」
「ジギスムント様、体は大丈夫ですか?」
「ほほ、足は動かぬが、体は大丈夫じゃ。一言、礼をと思うての。現宰相のジークムントは我が息子。中央と北の地には多少、力になれることもあろう。今後、儂の力が必要なことがあれば申すがいい」
「光栄なるお言葉、ありがとうございます」

うむ、と元宰相の老人は頷き、背負われたまま去っていった。
馬は馬車から外されて、城の馬屋にいるという。
アーノルドの手には礼金であろう、硬貨が入った袋が残された。

「……水の普及に力を注いだ人でしたっけ」
「よく覚えていたな、その通りだ。汚い水は疫病を広め、人の健康を害する。どんな小さな村や町でも必ず綺麗な水が飲めるように井戸があるのは、彼の政策のおかげだ」
「騎士団内部にある、あの深〜い井戸は先代陛下の片腕と呼ばれた宰相様のおかげだって聞いたことがあって……」
「あぁ。それまでは遠く離れた山水を汲みに行っていたらしい。井戸を掘るのはかなりの難工事だったらしいが、宰相の尽力のおかげで作られたんだ」

どんなに困難な土地でも、どんなに小さな村でも。
そこに国民が暮らしているのならば、井戸を掘れ。
たった一人の国民であろうと、見捨ててはならぬ。我が国の民のため、井戸を掘れ。

彼はそう言い切って、国の隅々まで井戸を掘ることを徹底させたのだ。
そのおかげで乳幼児と老人の死亡率が格段に下がり、平均寿命が延び、人口が増えたことにより、国は更に豊かになった。彼の政策は正しかったのだ。

アーノルドは金が入った袋を手に立ち上がった。

「このお金、先輩に持って行ってくるッス。持ってたら無くしそうですし」
「うむ。ついでに一休みしてこい」
「オルス先輩は大丈夫ですか?」
「俺は外壁を守る担当部隊に組み込まれているから、交代で休みは取れているんだ」
「判りました。お言葉に甘えてお休みもらいます。何かあったら遠慮無く呼んでください」

城の騎士たちに顔を覚えられていたおかげで、アーノルドは問題なく城へ戻ることができた。
一度入ってしまえば、迷うことなく城の奥へいける。騎士時代に幾度か来たことがあり、城の構造は記憶に残っているのだ。
ローウィンが休んでいるであろう部屋へ向かう途中、運良くエルザークに会うことができた。
エルザークは服を着替えており、騎士服に似たデザインの青い服を着ていた。

「次の戦いではアーウィン様が指揮を執られるらしい」
「えー……」
「指揮権があればな…」

ため息を吐くエルザークに、そうですね、とアーノルドも同意した。
騎士時代は、三人のうち、オルスの出世がとにかく早かったので、指揮権に関しては不満を持ったことがなかった。エルザークとアーノルドも最初の2、3年で隊長位に上がったので、指揮権が欲しいと思ったことはなかったのだ。

「オルスはどこにいる?」
「東側の外壁に。少し休んでこいとのことでした」
「じゃあ、客室に行くか」
「え?」
「ジギスムント元宰相にお会いしたか?」
「はい」
「あの方が公爵に口を聞いてくださってな……」

その上、ローウィンまで助けてきたものだから、エルザークの待遇は一気に上がり、客室だけでなく、服や礼金までたっぷりと用意されたという。

「じゃあ、休みましょうか」

アーノルドから触れるだけの軽いキスを受け、エルザークは笑んだ。

「ああ」

とりあえず紫竜ドゥルーガへの代金は何とかなりそうである。