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◆ゼラーネの双将軍(9)


一方、アーノルドはオルスやロイと合流し、再会を喜び合ったあと、報告をしていた。
場所は城壁近くである。
オルスはずっとその付近一帯を守っていた。
そこには一応、別の騎士が小隊長として責任者を任せられていたが、実質的にはオルスが管理をしていた。他の兵や騎士、そして協力者の住民たちもすっかりオルスを頼りにし、指示を仰いでいるのだ。
当の小隊長でさえ、オルスの指示に従っているのだから、どっちが責任者なのか判らぬ有様である。
盾状態で着いてきた小竜は、さすがは覇王印の持ち主だなと感心した。
無意識のうちに人を引き込み、まとめる能力は覇王印の持ち主ならではだ。

「…で、いきなり剣で腕を刺してらっしゃって!」
「ほぉ」

オルスはアーノルドの話を楽しげに聞いている。

「オルス殿、一雨来そうだぞ」
「うむ、好都合だな。一応、火を使う物だけ、しっかり屋根の下に片付けておけ」
「空の水樽をだしておこうか?水が溜められる」
「いや、戦闘用には足りているから不要だ。欲を出して、余計な品を増やさぬがいい。いざというとき、邪魔になって退路を断つことになりかねん」
「なるほど、判った」

オルスが周囲に指示を出しているその間にも、アーノルドは配布されている堅パンをかじりつつ、話し続けている。

「…というわけで、緑色の液を吐いて、大変だったんですよー」
「緑か」
「緑なんですよー」

強力な痛み止めとして使われる丸薬がある。
効果は強いが、麻薬に近く、常用するようなものではない。
これは溶けると濃い緑色になるのだ。

「エルザークが呆れていただろう」
「怒ってましたよ」
「だろうな」

オルスはからかうような視線をアーノルドに向けた。
アーノルドはパンを食べながら、声を出さずに笑った。
アーノルドも同じ事をしたことがあるのだ。そしてこっぴどく怒られた。
エルザークは相手のことを思って行動してくれる。だからこういうときは呆れて投げ出したりしない。心から怒ってくれるのだ。
優しくするのは簡単だ。ただ甘くすればいい。
だが、怒ってくれる人というのはそうはいない。相手のことを思って、怒れる人間というのは、多いようで少ない。エルザークはそれができる貴重な人間だ。
ローウィンほど高位の生まれになると、周囲は甘い人間ばかりだろう。彼を怒れる人間というのはどれぐらいいるのだろうか。まして、ローウィンは親に恵まれなかった。父は病弱で、母親は幼い頃に亡くしている。誰にも頼れぬまま育ってきたはずだ。
そんな彼に無条件に手をさしのべ、叱ってくれる人間というのが、エルザークが初めてであったら。

「………心配か?」
「ちょっと」

素直に答えたアーノルドの頭をオルスは撫でた。
アーノルドの頭を撫でるのは、二人が幼い頃からの習慣だ。

「オルス先輩はいつも優しいッス」
「お前を躾けるのはエルザークに任せているんだ」
「なんです、それ」
「お前の手綱を握るのはあいつじゃないとな。どうせ俺には握らせてもらえないんだ。だったら優しくするほうがいい」

珍しいオルスの本音を聞き、アーノルドは興味深そうにオルスの顔を見上げた。

「……ホールドスもこのまま退きはしないだろう。これからが正念場だな」

近衛が到着するまでは、まだ日数がかかるだろう。王都からここまでは距離がある。
そして、軍という大所帯で移動するにはあまり道がよくないのだ。

「……んー、こんなに弱かったッスかね?北って……」

正直すぎるアーノルドの言葉にオルスは苦笑した。
前の世界では双将軍が死んで、ゼラーネが落とされたため、国王も近衛を一気に三つ出したのだ。全力で北方領を奪い返しに動いた。
ディンガル騎士団にも出動がかかったため、近衛の三軍+ディンガル騎士団という勢力だった。
結果、北方を取り戻し、敵にも大きな被害を与えることができた。そのときの印象と今回が違っても当然だ。

(だが、あのときの戦いでは北方領に大きな被害が出た)

所詮は、敗戦からの奪い返しだ。
北方領の民は死者が多く出て、地は荒らされ、ゼラーネの都は半壊した。修復には大きな歳月を費やした。
今回は苦戦しているが、まだ落とされてはいない。敵を外壁の外で食い止めているため、ゼラーネの都の美しさも保たれているし、民は王都方面に逃がすことができた。双将軍の二人も生きている。被害の面でいえば、今回が断然マシだ。

「将がセネイン将軍しかいないってのが、ちょっと」
「ふむ」

アーノルドがこういった愚痴を言うのは珍しい。だが、無理もないかとオルスも思う。

(本来、守るべき相手が最前線に出て戦っているわけだからな。こういうところが、この地の特殊なところだ)

本来、領主は最前線にでない。貴族は領地を守るのが仕事だが、通常は領主軍の将軍が戦い、領主は地を治めることに専念するものなのだ。
しかし、北の地だけは違う。領主が最前線に出て戦うのが普通になってしまっている。
しかも、当代だけではない。その状態が代々、受け継がれてしまっているのだ。
故に、北方領主一族は数が少ない。戦場に出る分、死亡率も普通の貴族より高く、親族も驚くほど少ないのだ。

「武器があったらなー…。ガルダンディーアを持ってこれたらなぁ」

ガルダンディーアはディンガル騎士団の秘宝だ。さすがに運んではこれない。

「そういえば、サンダルス公爵家にも秘宝があったな」
「あぁ、リオ・ラディアン(血杯の乙女)とシュイ・ザー(清らかなる泉の針剣)でしたっけ。けどあれは、サンダルス公爵家の血族にしか使えないって品でしょ。それも気難しくて、もう何代も使い手がでてないとか。俺に使えない秘宝じゃ意味ないッス」
「そうだな。惜しいことだ」

盾状態で会話を聞いていた黒竜は、アーノルドに限っては使えるかもしれないがな、と心の中で呟いた。
半身は聖なる品や武具に愛される存在だ。アーノルドが心の底から望めば、その血族にしか扱えないという品も扱える可能性がある。
ガルダンディーアがアーノルドに異常に懐いていた理由もその辺にあるだろう。あれは光と炎の固まりのような武具だ。炎の神の愛し子に懐くのは当たり前だ。