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◆ゼラーネの双将軍(8)


退却には無事成功した。一応、敵部隊にも一定のダメージを与えることができたようだ。
こちらにも大技を振るえる将がいることをアピールできたことは一定の収穫である。
ローウィンは街を通り過ぎ、そのまま城へと連れてこられた。

「ぐぅっ……」

城内へ戻った途端、気が緩んだのだろう。もう大丈夫だと安堵した途端、強烈な吐き気が襲った。

「ゲホッ…グフッ……」
「あー、吐け吐け。アンタ、無茶しすぎだ。吐くのも当然だ。ってか、なんだこの緑色!!薬しか飲んでねえのか!?人の吐く胃液の色じゃねえぞっ」
「す、まん、服を…」
「いいから吐いてしまえ。おい、アーノルド、お前はオルスに報告を頼む。ついでに手伝ってこい」
「はいっ!」

足取り軽く去る音が聞こえる。あれだけの大技を使った後だというのに余力があるらしい。うらやましいほどの体力だ。

「ちょっと耐えろよ」

一気に抱き上げられる。
急に体が動いたことでまた吐いてしまったが、やはり男は気にしていない様子で歩き続ける。連れて行かれたのは、ローウィン自身の寝室であった。
側用人たちがローウィンの様子に慌てているのが感じられる。
エルザークが彼らに事情を説明し、指示を出してくれているようだ。

「……というわけでな。あぁ。医者は連れてこられるか?」

側用人たちは医者や着替え、水などを取りに慌ただしく去っていった。
一人、ローウィンに近づいてきたが、エルザークが代わって説明してくれた。

「彼は今、吐き気が酷い。しゃべるのもつらいだろう。問わないでおいてくれ」
「判りました。貴方もお着替えを。服をご用意いたします」
「あぁ、ありがとう」

まだアーウィンに報告すらしていない。眠るわけにはいかない。
寝台から体を起こそうとしたローウィンは、肩を掴まれて、起き上がり損ねた。

「動くな。また吐くぞ。それとも吐きたいのか?」
「いや……まだ寝るわけには…」
「寝ろ」
「報告もしていない」
「セネイン将軍に任せろ」
「軍を任せられたのは私だ。報告は私が…」
「部下を信じるのも、上官の役目だ」
「だが……」
「あー!馬鹿かアンタは!これ以上、つべこべ言うなら、殴って眠らせるぞ!!
いいか、アンタが今やるべきことは、眠って少しでも早く回復することだ!
アンタの報告がセネイン将軍に変わったところで大きな問題があるわけじゃない!!
今日で戦いが終わったわけじゃねえんだぞ!体調の回復が最優先だろうが!!優先順位を考えろ!!」
「………私は、将だ」
「あぁ」
「兵の命を……民の命を…預かる身だ」
「あぁ」
「私が…ここを守らねばならないのだ」
「そうだな。だが俺もいる」

さらりと言われた言葉にローウィンは目を丸くした。

「俺もいる。アーノルドもオルスもあんたの兄君もいる」

ローウィンは指先で額を弾かれて驚いた。
大公爵家の直系である彼にそんなことをする者は今まで一人もいなかったのだ。

「一人で何でもかんでもやろうとするんじゃねえよ。アンタが回復するまで、この街はしっかり守ってやる。だから寝ておけ」

この男が守るというのであれば、本当にやってのけるのだろう。それだけの大技を目にした。見事な威力の技だった。
そして的確な指示と判断力。歴戦の将のような腕をはっきりと目にした。
一体何者なのか、ただの傭兵ではないことは間違いない。だがあの危険の中、命がけで助けてくれた。砦でも今回も、助けてくれた。彼らが信頼できる相手なのは確かだ。

くしゃりと髪を荒っぽく撫でられる。
男らしく荒々しい仕草なのに、その手に妙に安堵する己に気づき、ローウィンは少し困惑した。

「眠れ」

何故、この手はこんなに優しいのだろう。荒っぽい手なのに。
そう思ったのが眠る前の最後の記憶であった。