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◆ゼラーネの双将軍(7)


オルスの予測どおり、エルザークたちは街へ入る方法を模索していた。

「何!?徒歩であの戦いの中に入るとな?馬に押しつぶされて死ぬぞ!」
「やっとゼラーネに到着できたんだ。領主軍と合流し、街へ入るチャンスなんだ」
「馬は途中でもらうッス」
「やれやれ無茶を言うのぅ。普通、こういう戦いでは、はぐれ者など見つかったら、格好の攻撃の的となるぞ」
「攻撃は防ぐ」

きっぱり言い切るエルザークに黒竜は再びため息を吐いた。

「グィンザルド殿、状況に応じた幻惑による攪乱を、臨機応変に頼む」
「なんじゃと!?」

戦いに不慣れな小竜は、突然の頼み事に驚いた。

「よろしく頼むッス〜」
「た、頼まれても困るぞっ!!」
「よし、だいぶ距離が近くなったな、そろそろ行くぞ」
「はいっ!」
「待ていっ、頼まれても困ると申しておるだろうが。何をどーすればいいんじゃっ!?」
「とりあえず俺たちを見えないようにしてくれ」
「お願いしますっ」
「み、見えないようにじゃな!」
「ええと、いい感じの馬、いい感じの馬っと」
「こら、アーノルド、えり好みするな!適当な馬で手を打っておけ!」
「はいっ!」

手際よく敵に近づいて、馬上の敵を落とす二人に黒竜は密かに感心した。
幻惑でこちらの姿を見えなくしているとはいえ、見事な動きだ。
首尾良く、馬を奪った二人は戦場の混乱に紛れて、さっさとその場を離れた。

「グィンザルド殿、ローウィン様の場所は判るか!?」
「ローウィン様とやらは知らぬがオルスならば、街の端にいるようじゃぞ」
「いや、オルスはどうでもいい。ローウィン様の場所が知りたい」
「お主、それではオルスが哀れじゃぞ…」
「あいつが死ぬわけがない。自分がやるべきことを知っている男だ」
「先輩、たぶん、あっちです!」
「……みたいだな。あっちが中央……最前線だ。グィンザルド殿、一気に駆け抜けるぞ!!しっかり捕まってろ!!」
「何ィ!?この激戦地を突破する気か!?」
「突破します!!」

慌てて肩にしがみつく黒竜の動きを感じつつ、エルザークは馬に鞭を入れた。

「行け!!」


++++++++++


血が足りない。目がかすむ。
責任感と気合いで最前線で指揮を執っていたローウィンであったが、体調は限界に近く、薬や印では手に負えないところまできていた。
しかし、ローウィンが下がれば、セネイン一人になってしまう。セネインは上級印持ちだ。彼が全体指揮に専念すれば、敵将と戦える者がいなくなる。そうなると軍が上級印技の餌食になってしまうのだ。
領主軍はけっして脆弱ではない。しかし抜きん出た印の技を持つ将がいないのが、弱みである。それをカバーするためには巧みな軍の指揮が必須となるのである。

「右翼、持ちこたえろ!!崩されるな!!リドー、カバーに入れ!」
「御意!」

(くそ、やはり、セネインがいない右翼が弱い!)

「ローウィン様、リドー隊長まで右翼にお回しになれば本陣が手薄になりすぎます!」
「だがここで崩されるわけにはいかない。持ちこたえろ」
「ローウィン様、顔色が。どうかもうお下がりに!」
「中央部隊、狙われているぞ、気をつけろ!!」
「重装備部隊、前へ…!」

指示を出しかけたローウィンは、敵陣に強い印の力を感じて青ざめた。これは大技が来る。
解除せねば大きな被害がでる。
ローウィンも印を持っている。火の上級印だ。とっさに解除しようと印を動かしたが、強い目眩が襲い、印は発動しなかった。

(まずい!このままでは…!!)

「来るぞ!!風華陣(ライ・ガ)だ!!」

風と火の上級印技で火花をまき散らす旋風のような攻撃技だ。
バチバチと大きな音を立てる旋風は一気にこちらへ向かって飛んでくる。巻き込まれてはひとたまりもないだろう。

(ここが崩されれば城壁までやられる!!城壁がやられたら街に大きな被害が!!)

明らかな意図を持って飛んでくる旋風を前にし、ローウィンは歯を食いしばって、剣の先端を腕に突き刺した。

「ローウィン様!?何を!?」
「は、目を覚ましただけだ!体が起きようとしないんでな」

退くわけにはいかない。何が何でも技を解除せねばならない。完全に解除できなくても、城壁を崩されない程度に弱めなければならないのだ。民のためにも。

「ローウィン様!!お逃げください!!」
「ローウィン様!!」

逃げるわけにはいかない。
側近の必死の叫びを無視し、ローウィンは、再度、印を発動させようとした。
その途端、後ろから、強く力ある声が響いてきた。

「堅牢なるもの共よ!!地に宿りし精霊の、大気満たす雄叫びを聞け!!
防御陣!!『強固なる6の柱(リオン・ラグナ)!!』」

目前まで迫っていた竜巻を遮るように、目の前に大きな光が天へ向かって伸びる。
風華陣(ライ・ガ)は、天へ伸びた六角形の光の柱に当たり、霧散した。
周囲の悲鳴じみた声は一転し、ワッと歓声が上がる。

(『強固なる6の柱(リオン・ラグナ)』だと……!?最高位の防御力を誇る地の上級印技の一つ…。一体誰が…)

ふと気が緩んだ瞬間、強烈な目眩が襲い、馬を落ちかける。
落ちかけた体は横から伸びてきた腕によって、馬上へ引き戻された。

「またか!!アンタ、何で大人しくしていないんだ!!」
「……エル、ザーク……」

藍色の髪を持つ、きつい眼差しの傭兵。
彼は最後まで砦に残ってくれたのではなかったか。あの激戦を生き延びていたのか。
では、さきほどの防御陣は彼の手によるものだったのか。
その側から別なる声が響いてきた。

「先輩、追撃が来ます!!」
「やれ、アーノルド!!」
「はいっ。……華炎連弾!!(ラ・ゼディーガ)!!」

アーノルドが腕を振るうと同時に、扇状に五つの炎球が飛び出した。
ドドドドッという音と共に走った巨大な炎球は五つ。一つ一つのサイズが大きい上、スピードが早い。
炎の弾はまるでピン倒しのように敵兵を巻き込んで飛んでいく。
突如として始まった上級印技による強烈な攻撃に敵が動揺しているのが感じられる。
その隙をエルザークは見逃していない。取り出したのは戦士弓と呼ばれる大型の弓だ。
慣れた様子でつがえると、次々に敵陣へ放つ。
反重力を纏った矢は、運良く炎球を避けた敵をしっかりと倒していく。
戦況はたった二人の参戦によって、一気に逆転した。
驚くローウィンをエルザークは馬上から引き寄せた。

「フラフラしてるだろうが、馬から落ちられちゃ困るんだよ。しっかりしがみついてろ!」

エルザークの馬に乗せられたローウィンは、大丈夫だ、と答えようとして、体がうまく動かないことに気づいた。吐き気もする上、視線も定まらない。気力に反して、体はもう限界なのだ。

「先輩!」
「判ってる!敵が怯んでいる今がチャンスだ、退くぞ!」

側近から確認するように視線を向けられたローウィンは、吐き気に耐えつつ、頷き返した。
主君の確認を得られた側近達が、次々に退却の指示を出していく。
目眩がどんどん酷くなり、ローウィンは必死に自分を抱き寄せる相手にしがみついた。
相手は馬を操りにくいだろうに、しっかりローウィンを片腕で支えてくれている。

「ローウィン様、左翼は…」
「左翼にセネイン将軍がいるのであれば、彼の判断に任せておけ。中央との間が空きすぎるようであれば、フォローするように。一部隊、左翼に応援へやってもいいだろう」

側近の問いに答えられないローウィンに変わって、エルザークが答えている。迷いのない的確な指示出しは慣れを感じさせる。部隊指揮を執ったことがあるのだろう。
そのことに気づいたのか、側近も反論することなく応じている。

「では、中央の左翼側にいる部隊にフォローするよう伝えましょう」
「頼む」

そうして無事、退却に成功した。