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◆ゼラーネの双将軍(6)


それから10日後のことである。
北の都ゼラーネは、ホールドス国の侵略を受け、激戦に入っていた。
軍を率いているのは双子の弟の方であるローウィンだ。
アーウィンも前線で戦うと言い張ったが、どちらかが城内をまとめなければならない。家臣が後継者であるアーウィンを推した為、ローウィンが最前線にでることになった。

「すまん、ローウィン。お前は前線から帰ってきたばかりなのに。迷惑をかける」
「馬鹿を言うな。お前だって怪我をしているだろうが。条件は同じだ」

アーウィンと軽く抱きしめ合った後、部屋を出たローウィンは軽く顔をしかめた。
傷が痛む。
傷が塞がらないうちに戦場に出ることを繰り返しているため、一向に傷口が塞がらぬままだ。腕のいい緑の印使いによる治癒を受けているおかげで傷が悪化せずにいるようなものだ。しかし、貧血ばかりはどうにもならない。痛み止めは強いものを飲んでいるが、きりがないぐらい飲み続けている。
腕のいい将がいれば、領主軍を任せられるのだろう。しかし、ホールドスと長く戦いが続くこの地は、将が育たない。良き将が育つ前に死んでしまうのだ。結果、公爵家が自ら指揮を執るという状況が何代も前から続いている。
アーウィンとローウィンは十代の前半から戦場に出ている。体の弱い父を出すわけにもいかず、双子が出ざるを得なかったのだ。

(俺たちが守らねば誰が守るというのだ、この地を)

若くして戦場に出続けているローウィンには強いプライドがある。
自分がこの地を守るのだという、強いプライドだ。

最初の戦場では、初めて見る死体と強い血臭に吐き続けた。それでも戦場に留まったのは、自分のために死んでいった部下をまざまざと見せつけられたからだ。初の戦場は吐きながら、戦った。
戦場の現実を、命庇われる立場を、嫌というほど知った戦いだった。

戦いで命を落とす部下達は、サンダルス公爵家の領民だ。
領民たちがローウィンを守り死んでいくのは、自分たちが生きる土地のためだ。
だからローウィンは領地を守るのだ。自らのために死んでくれた部下のために、命がけで領地を守るのだ。そのために自分はいるのだと思っている。命落とした部下に比べたら、傷の一つや二つで弱音を吐いていられない。自分には命があるのだから。

(そうだろう、アーウィン。俺たちがこの地を守るんだ)


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一方、オルスは、ゼラーネに残った人々に指示を出していた。
そういった人々はそれぞれ事情がある者たちだ。家族がいない者や多少戦いの心得があるもの、そして、遠距離を動けぬ者たちが街には残っていた。
誰もが街に郷土愛を持っている。ゼラーネに愛着がないものは、危険が多い街に残ろうとはしない。早々に立ち去っているのだ。
彼らは、知識はないが、街を守ろうという気概はある者たちだ。
オルスはそんな人々や、未熟な兵や騎士たちに、騎士団時代からの習慣で指示を出していた。
オルスは前の世界で、同じ戦いを経験している。
そのときは見事に敗戦だったのだが、その教訓をしっかり覚えているために、指示は早く確かであった。
最初は傭兵であるオルスに戸惑っていた者たちも、どうしていいのか判らないために、今はすっかりオルスに頼っていた。オルスの迷いのない指示が的確であるため、信頼されたのである。

「火矢に備えて、防火用の水をバケツに用意しておけ」
「オルス殿、こちらの矢と油樽はどこにおいておけばいい!?」
「塀に沿っておいておけ。中途半端な場所より塀に沿っておいた方があたりにくい。ただし、万が一、火矢が当たったら危険だ。誰か一人、火消し用に見張りを置いておけ」
「判った。おーい、ロロじいさん、こっちに来てくれ!見張りを頼む!」
「火矢には火矢で対抗しろ。無理に敵に当てようと思うな。足下を狙え!」
「おう!」
「北北東側から来たぞ!!」
「水路を凍らされないように気をつけろ!敵に足場を与えるな、騎馬に攻め込まれるぞ!水の印を使われそうになったら、優先的に解除するんだ!」
「判った!」
「投石機に気をつけろ。火矢で土台を攻撃するんだ。ただし、こちらも敵の火矢に気をつけろ。油樽に打たれたら被害を受けるぞ」
「了解!」

ほとんどが兵や新米騎士の寄せ集めで、経験豊富な騎士たちがほとんどいないにも関わらず、オルスがいる東側の外壁付近は善戦していた。
オルスの的確な指示のおかげで大きな被害が全くないのである。

「オルス殿、東門から領主軍本隊が出撃するようだぞ!」
「ローウィン様が出撃される!」

新たに入った報にオルスは眉を寄せた。

(あの傷で出るのか)

敵の猛攻を抑えるためだろう。でなければならないという判断は正しい。このままでは時間の問題で落とされてしまうからだ。そのまえにある程度、打撃を与える必要がある。
しかし、ローウィンのあの体で大丈夫なのだろうか。戦場は体を誤魔化して立てる場所ではないのだ。

「オルス殿!あんた、とっても強い傭兵だと聞いた。ローウィン様をお助けしてくれないか!?」
「ローウィン様が心配だ!どうか助けてくれ!」

周囲の人々が口々に言い出す。皆がローウィンを案じている。ローウィンが慕われている証だ。
しかし、オルスは首を横に振った。

「残念だが今から行っても間に合わない。今はここの守りに専念しよう」
「そうか…」

それに恐らくセネインが一緒だろうとオルスは思った。
ラーチ砦の責任者であったセネインは腕のいい将だ。彼は必ずローウィンのよき力となって戦ってくれるだろう。

(ただ、敵に強き印使いがいなければ、の話だが)

敵にエルザークやアーノルドに匹敵するような強い将がいれば、一気に崩される恐れがある。事前に印の発動を抑えられればいいが、それも発動が早い巧みな使い手が相手では難しい。
エルザークとアーノルドは上級印技『炎蜘蛛陣』を五秒以内に発動させることができる。
彼らに匹敵する敵は、どの国にもほんの一握りしかいない。軍事大国ガルバドスにさえ、わずか数人しかいなかった。だからこそ、ディンガル騎士団は、近衛軍が連敗しても国を守り続けていられたのだ。

『二人の傭兵が、危険な戦地であるにも関わらず、我々に馬を譲ってくれたのです』

街が封鎖されるぎりぎりに飛び込んできた馬車の一行が泣きながら教えてくれた。傭兵の容姿から、アーノルドとエルザークであることは疑いようがなかった。
黒竜が一緒なのは間違いないため、死ぬことはあり得ないだろうが、街が封鎖されてしまった以上、合流は簡単にはいかなくなった。

(だが、外にいるということは、今回はチャンスだ。うまくいけば、領主軍と合流し、ゼラーネへ入ることが出来る)