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◆ゼラーネの双将軍(5)


一方、エルザーク達は思わぬハプニングに遭遇していた。
轍の外れた馬車に立ち往生している10人ほどの避難民を見つけたのである。
足が不自由な者や老人、赤ん坊連れの女などがいるため、馬車なしでは移動できないのだという。
その上、轍が外れた衝撃で馬も傷ついてしまい、馬車を引けそうにないという。
しかも、二頭引きの馬車だったが、二頭ともだ。不運なことである。

「轍の方は応急処置で何とかできそうだ。だがあくまでも応急処置だ。戦況が落ち着いたらちゃんと直せよ」
「しかし、馬が…」
「俺たちの馬を貸してやる」
「けど、そしたら貴方たちは…」
「大丈夫だ。俺たちは戦える。傭兵だからな」
「見ず知らずの方々にそこまでしてもらうわけには…」
「つべこべ言ってる前に、そっちを支えてろ。時間がないんだ、急ぐぞ」

その様子を黒い盾状態の小竜は呆れ気味に見ていた。
何ともまぁ、ハプニングだらけだ。さすがは神の寵愛を受けし半身とその相方というべきか、一筋縄じゃいかない難題及び試練を用意されているようだ。
黒竜が見ている中、エルザークとアーノルドは轍を直すと、傷ついた馬と自分たちの馬を替え、一行を送り出した。
一行は何度も頭を下げながら、去っていった。

「その馬はどうするつもりじゃ?」
「死なせたくはないが、動けない以上、こんな山の中じゃ飢え死にさせるだけだ。死なせてやるしかない。さっきの人たちも承知の上だ。許可も得てある」

祈りの言葉を呟きながら、慣れた様子で刃を降ろすエルザークを見つつ、黒竜は今来た方角の気配を探った。
馬車の修理で時間を食った上、馬を二頭とも貸したために徒歩となった。転移装置を持っているのはオルスなので、それも使えない。敵の部隊に追いつかれるのは時間の問題だ。
そして、ゼラーネは敵を防ぐために外門を閉め、水路を解放するだろう。水路は外壁の外堀も埋めてしまう。敵の侵入も防ぐが、ゼラーネへの到着が遅れた味方も閉め出してしまうのだ。

「今から急いでも徒歩じゃ限界がある。ゼラーネの封鎖に間に合う可能性は低い」

さっきの馬車の人たちが間に合うか間に合わないかの瀬戸際だろうとエルザーク。

「封鎖されてしまえば、王都側から来る可能性がある近衛と合流するぐらいしか、方法がないな」
「来るか来ないかもはっきりしないような援軍を待つってのも、微妙ですねえ。けど、さすがに単独じゃ戦うにも限界がありますし…」
「ふむぅ、さすがに何百何千もの敵を惑わすのは難しいぞ」
「まぁ、どうにかして合流するしかない。グィンザルド殿、とりあえず俺たち二人が敵に見つかりにくいよう、協力していただけるか」
「うむ、それぐらいなら簡単じゃ。お主らの音や気配を消すだけでよいからの」
「オルス先輩、心配してくださっているでしょうねえ。まいったなぁ」
「そうだな」

しかし、さすがの二人にもこの事態はどうにもできない。
黒竜に伝令を頼むことも可能だが、現状では黒竜の持つ幻惑の力が必要だ。黒竜に離れられては、二人の身の方が危うくなるのだ。

「ところでお主、何をしておるんじゃ?」
「え?馬肉を取ってるッス。勿体ないですから」

せっせと馬を解体するアーノルドに小竜は呆れ顔である。

「お主、元ディンガル騎士団の副将軍と申しておらなかったか?副将軍は戦場でそんなこともするのか?」
「あ、これは騎士団で覚えたわけじゃないッス。俺と先輩って狩りが趣味なんで、獲った獲物をその場で捌いたりすることがあるんスよ。だから出来るんです」
「血なまぐさいのぅ」
「そこは許してほしいッス。それにゼラーネに着いたら、戦いですぐに血なまぐさくなりますよ」
「手持ちの食料が乏しいのは事実だ。徒歩になった分、日数が予定よりかかってしまうしな」
「あ、馬の毛皮いります?」
「いらぬわっ!」

獲った肉に塩をすり込んで、革袋に放り込む二人の隣で、黒竜は解体された馬を見た。
二人で運べる量は限られているため、たっぷりと肉は余っている。この肉は、血をかぎつけてやってきた野生生物にごちそうとして平らげられてしまうだろう。

「グィンザルド殿、水場を見つけたら教えて頂けるか?水も確保しつついきたい」
「判った」