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◆ゼラーネの双将軍(4)


一方、オルス達は、北の都ゼラーネへ着いていた。
ゼラーネもラーチ砦と同じく、湖の湖畔にある町だ。しかし、規模はラーチ砦の何倍も大きく広い都だ。町中には水路が張り巡らされ、正に『水の都』という名に相応しい作りとなっている。

「ロイ、あまり街を歩き回らないようにするんだ」
「え?」
「この街が戦場となるのはすでに確定に近い状況となっている。サンダルス公爵家は近いうちに水門を解放するだろう。そうなると、水路が増える。普段は陸となっている部分が一部、水路に変わるんだ」

計算されて作られた水路は、普段の生活を支えるだけでなく、緊急時は湖への脱出にも使われる。水門が解放されれば、同時に、城に保管してある小舟も一斉に出され、住民達はその小舟で脱出をするのだ。
小舟で湖へ脱出した後は、そのまま南岸へ渡れば王都方面へ逃れることが可能となる。

「こんなデカイ街なのに、船足りるのか?」

現実的なことを問うたロイに、オルスは真面目に答えた。

「脱出時に使用されるのはアシガヤの舟だ。湖畔に豊富に生える植物で編んで作る。
軽くて運びやすく、燃やすことも出来る。戦闘には不向きだが、住民の緊急脱出には十分使用できる代物だ。簡単に作れる上、水の街だから、元々、舟を持っている住民も多い。問題ない」

「あんた、ホントに詳しいな」
「脱帽だよ」

周囲で話を聞いていた傭兵達が呆れたように言う。
同感だとロイも思った。本当に呆れるほどの知識だ。何故そんなにと思うほど、オルスはいろいろなことに詳しい。
そして、周囲の傭兵たちもロイも、エルザークたちのことは口にしない。戦場で知人が亡くなることは多い。誰も過去のことを振り返らずに、ただ、心で惜しむ。飲んで騒いで盛大に見送る場合もあるが、そこまで親しくない相手の場合は、ただ無言で惜しむのだ。

(あんなに強い奴らがそう簡単に死ぬとは思えないけど)

それでも遅すぎるのは事実だ。やはり心配になる。
そうしているうちに、ゼラーネを守る騎士たちから命令が下った。水門を解放するために舟を出す手伝いをしてくれという。傭兵達は都の住民たちの護衛担当だそうだ。やはり砦を脱出した時と同じパターンである。

「騎士の一部も領民の護衛の方に付ける。末弟のレイン様も一緒に脱出なさるのでな」

双将軍には幼い異母弟がいる。まだ3歳ぐらいの幼児だ。
大切な公爵家の血を引く者のため、念のため、脱出させるのだろう。
傭兵達は少し機嫌がいい。ゼラーネへ着いた時点で砦の戦いの分の報酬が公爵家から支払われた為だ。そして脱出に関しても半分は前払いされるため、進んで行動している。最前線にでなくていい戦いというのは、傭兵達にとっても美味しい仕事のため、不満は少ないのだ。きっちり最後まで守り抜き、残る半分の報酬ももらおうとする者がほとんどだ。

「どうする?逃げるか?」

ロイに問われたオルスは首を横に振った。
予想どおりの返答だったため、ロイは驚かなかった。

「イーロ、ヘルマン」

オルスに名を呼ばれた傭兵二人は少し怪訝そうにやってきた。
イーロとヘルマンは砦で知り合った傭兵たちで、アーノルドを介して、仲良くなった者たちだ。
ヘルマンは褐色の髪をした30代半ばの傭兵、イーロは痩せた長身に青みがかった白い髪を持つ30歳前後の男である。不利な戦いにも参戦していただけあり、腕に自信のある傭兵たちだ。

「出来れば、王都方面、それも大陸十字路を使って行け」
「そりゃ出来ればそうしたいが、何故だ?目立つルートは敵にも見つかりやすい。追っ手がかかった場合は不利だ」
「そう簡単に都は落とさせない。近衛軍は大陸十字路を使ってくる可能性が高い。だからそのルートで行くんだ」
「近衛は強いが、王の許可がないと出れないから、なかなか出陣しないだろ。出陣に時間がかかる。会うわけがねえ」
「大丈夫だ。王は愚鈍なる方ではない」
「まるで王を知ってるかのように言うんだな。まぁいい。他に有効なルートがあるわけでもねえし、行けそうだったらそっちのルートで行くよ」
「あぁ、頼む」
「任せておけって言いたいところだが、騎士様方次第だなぁ」
「領民たちに大陸十字路方面を使うよう、促しておけばいい。少しはマシだろう」
「判った」