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◆ゼラーネの双将軍(3)


炎蜘蛛陣は大地を大きく割り、地中から炎を吹き上げる上級の合成印技だ。
当然ながら射程範囲は広く、威力も大きい。
直撃したことを確信し、すぐにその場を離れようとしたエルザークと異なり、アーノルドは後方を見据えたまま、動かなかった。
アーノルドは、とても勘がいい。賭け事などをさせたら勝ち続けるほどなので、はまらないよう、エルザークたちが禁じているほどである。
こういった場合に動かないと言うことは、その理由があるということである。エルザークは声をかけずに無言で身構えた。

「ふむ、一人、残ったようじゃの」

人間よりも遙かに高い感知能力を持つ黒竜が呟く。

「お主らの技を防いだようじゃ」
「!!」
「合成印技を防ぐ……敵将か。グィンザルド殿、目くらましを解除してくれ。戦う」
「判った」

目くらましの霧が、景色に溶け込むように晴れていく。
現れたのは、二人にとって予想外の人物であった。

「ジョサイア…!王の七騎士の一人!」
「まずい、奴は『血の糸を紡ぎし者』の一人だ!!奴を深く傷つけたら、ホールドス国王に気づかれてしまう!」

黒い髪を持つ長身の男は、黒い鎧を着て、面白そうに二人を見つめた。
白い肌に紅い唇がその美貌に良く映える。

「奇妙な霧だ。印の力をまるで感じない」

「見事な技を見せてもらった。双子以外にも骨のある者がいるとみえる。名を聞いておこうか」
「あいにく、ただの傭兵だ」
「同じく。ただの傭兵ッス」
「傭兵だろうとなんだろうと、かまわぬ。名を申せ」

戦場で名を問われた時に答えることは、騎士にとっては一種のマナーに近い。
相手の首を取った後に名乗りを上げることで、その死を知らしめ、ひいては、遺族にその死を伝える役割も果たすのだ。
今はただの傭兵だ。あまり名を知られたくない。ディンガル騎士団という後ろ盾がないためにあまり敵を作りたくないのだ。しかし、重ねて問われては断りづらい。元騎士という身が断ることに躊躇いを覚えるのである。
エルザークが迷っているうちにアーノルドが視線を向けてきた。答えてもいいかと問うてきたのだ。仕方なく頷くと、アーノルドが口を開いた。
二人の名を聞き、ジョサイアが軽く眉を上げる。

「ほぉ、兄弟…いや、婚姻しているのか?」
「はい、結婚してます」
「その名、覚えておこう。傭兵、か。我が国で仕事をしたいことがあれば、王宮を訪ねてくるがいい。厚遇を約束しよう」
「あ、ありがとうございます」
「だが、今は敵のようだな。行け。ゼラーネで会おう」

相手も上級印技を放つ敵を二人まとめて戦う気にはなれなかったようだ。
エルザークたちとしても、ただの敵将ではないジョサイアとは戦いたくなかったので好都合であった。促されるままにその場を急ぎ離れる。

「ゆ、友好的でよかったですね!」
「内心は煮えくり返っているかもしれねえがな。奴の部下をまとめて葬ったんだ」
「ですね、でもよかった!」
「そうだな、血の糸を紡ぎし者は、さすがに敵に回したくない」

ホールドス国の王族には、隔世遺伝で伝わる珍しい印がある。
命を繋ぐ尊き糸と呼ばれるその印は、代々の王に受け継がれる力の一種だ。命の流れが見える力で光の印の亜種になる。
王の命を守るために命と命を繋ぎ、いざというときは臣下から命を貰うという印だ。しかし、この印は逆にも使える。臣下に力を与えることも可能なのだ。
負傷した時などに発動する印のため、臣下が傷つくと、王に伝わる。
命を繋ぐ技のため、王も信頼した相手にしか技を奮わない。つまり、彼を傷つけることは王の逆鱗に触れることになるのだ。

(ディンガル騎士として、奴を敵に回すのは一向に構わないが、一傭兵としてはさすがにな……だが、奴がゼラーネを攻撃するというのであれば戦わざるを得ない)

「せんぱーい、来てるのは奴だけですかね!?他にも来てませんよね!?」
「内乱が起きている今、血の糸を紡ぎし者である奴が王の側を離れていること自体がおかしいんだ。奴は西のウィハーン族出身……南のワーズ族出身であるリグは来ているかもしれないな」
「最悪じゃないスか!」
「だが、リグは王の七騎士の中でも飛び抜けて忠誠心が厚い男で有名だ。王の側を離れようとはしないだろう」
「格好いいッスよねえ…」
「は!?」

リグは金髪碧眼の美青年だ。エルザークたちは戦場で一度だけ遭遇したことがあり、その見目の良さにも驚いた覚えがあった。

「ああいう妄信的なほどの忠誠って、誰にでも出来る事じゃないと思うッス。憧れます」

あぁ、そっちの方か、と思いつつも黙り込んだエルザークに、アーノルドは少し慌てたように言った。

「もちろん、先輩の方が何倍も格好いいと思ってますから!!」
「アホか!そこが引っかかったわけじゃねえんだよ!」
「ちゃんと愛してますから!俺は先輩一筋ですっ!」
「あー、判ってるっての、いいから黙れ!!」
「お主ら、呑気じゃのー」

戦場での緊張感がない。
肩の上の小竜に呆れられる二人であった。