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◆聖マイティスの半身(14)


その頃、第二王子ウォーレンは、自室で仲のよい第三王子ファーレン、友人リーガと共にチェスを楽しんでいた。
そこへ見覚えある黒い蜥蜴がやってきたので、リーガが意外そうな顔で小竜から手紙の入った筒を受け取った。

「こちらから連絡しない限りは来ないと思っていたんだけれど、よき情報でも入って、売りに来たのかな」

そうして書かれていた内容にリーガは驚愕し、ウォーレンへ見せた。

「これは真実であれば大変なことだ。すぐに援軍を送らねば大きな被害が出る」
「だがこれは事実か?手紙に記載された日は今日だ。幾ら空を飛べても、その日のうちに手紙を持ってこれるわけが…」

「ある」

突如発せられた声にリーガとファーレンが剣を手に振り返る。
姿はない。
そう思われたが、声を発した主は窓からふわりと空中へ、羽ばたきもせずに浮かび上がり、そのまま空中に制止した。

「さて、二度目の対面じゃが話すのは初めてじゃの。我が名はグィンザルド。お主らが申すところの七竜と同じ存在だ」

ウォーレンたちは驚いた。

「グィンザルド……黒い、ということは黒竜殿か」
「ウォーレン、黒竜は存在しない。七竜は、白、紅、青、黄、紫、藍、緑だ」

リーガの言葉にグィンザルドは反論した。

「愚かな。勝手に七竜と決めたのは、そなたら人の子だ。我々は七ではない。疑うのであれば、この王都にいる紫のドゥルーガにでも問うがいい。
さて、人の子の王になるであろう者よ、私は理由あって、その手紙を書いた人の子らに同行しておる。
今回は人の子たちに頼まれてその手紙を持ってきた。だが、その手紙を信じるも信じぬもそなたらの自由だ。
その手紙を書いた者たちは、この国を救いたがっているが、手紙の内容が信じられぬのも無理はないだろう」
「我々が戯れ言と思い、信じないのも覚悟の上で北の地からこの手紙を持ってきてくれたと?」
「それが使い手の頼みだったからの。我が使い手たちはこの国を愛しているようだが、我自身はこの国が続こうが滅ぼうが構わぬ」

ウォーレンは手紙を手に眉を寄せた。

「事実であれば、すぐに援軍を送らねばゼラーネまで落ちる危険性がある」
「赤水の戦いと申しておったの」
「何?」
「美しき水路が血で真っ赤になるほどの戦いになる可能性が極めて高い、と使い手らが申しておった。
さて、どんな結論を出すもお主らの自由。好きにするがよい、人の子よ。我はただ、そなたらの刻む歴史を眺めるのみ。
そうそう、砦には今、北方領主の弟が来ておるぞ。お主らには大切な者なのだろう?」

返事はいらないが、筒は返してくれという小竜に筒を返すと、小竜は器用に背負い、そのまま夜空へ飛び立っていった。

「七竜と同族というのは事実だろう。ただの蜥蜴であれば喋るはずがない」
「確かに。どうする、ウォーレン」
「リーガ、出陣準備を」
「ウォーレン、本気か?」
「父上は私が説得する。ファーレン、君もおいで。証人になってくれ」
「判った」
「双将軍を助けるためと言ったら強い反対はなさらないよ。あの二人やアルディン将軍は父王のお気に入りだ。だが一刻を争う今、時間が勿体ないからね。できれば事情を知る君の軍にでてほしい」
「判った、軍本部へ戻るよ」
「ありがとう、武運を祈る」


++++++++++


リーガが近衛第三軍本部へ戻ると、第四軍将軍のディ・オンが来ていた。
リーガの第三軍は普段、王都の南方守護を担当している。第四軍は東担当だ。

「お、戻ってきたな。リーガ、今度スラム街の掃除に行くんだ!ほら、最近窃盗が多いだろ、そのアジトになってるところが判明したんだよ。ただちょっと厄介みたいなんで手伝ってくれねーかっ?」
「あいにく余裕がありません。私たちはこれから急いで北にいかねばならないんです」

一部の親しい者を除いては丁寧に喋るリーガはシンプルに理由を説明した。
理由を聞いたディ・オンは突然の出兵に目を丸くしている。当然だろう。いきなり降ってわいたような情報だからだ。

「貴方からの頼みです。是非、お受けしたかったのですが…」

リーガとディ・オンは、比較的仲がいい。理由は簡単。ディ・オンがリーガの好みであるため、ディ・オンに甘いからである。仕事に差し支えない範囲であれば、リーガはディ・オンに協力している。

「申し訳ありません。(せっかくディが来てくれたのに、お茶をする暇もないとは非常に残念だ…)」
「いや、そういう事情なら、うちがそっちを手伝わねえとな。留守は任せてくれ」
「ありがとうございます。助かります(ディが食べたり飲んだりしている姿は、可愛いのに…)」
「気にするなって。普段、世話になってるからな。ここらで借りを返しておかねえと。じゃ、武運を祈る」
「ありがとうございます(チャンスだったのに…)」

リーガの心の声が聞こえるはずもなく、ディ・オンは精神的ダメージを受けることなく、平和に第三軍本部を後にした。
馬で第四軍本部に戻りつつ、ディ・オンは思案顔になった。
これでリーガの助力は宛に出来なくなった。むしろ、手薄になる第三軍担当の王都南方の守りを助けねばならない。しかし、こちらも窃盗犯退治をせねばならないので忙しい。任せろとは言ったものの、あまり余裕がないというのが本音だ。

「隊の編成とか、どうやって穴を埋めるか……あー、俺、頭使うのはあまり得意じゃねえんだよな。こういうのは頭がいいヤツに任せるか」

第四軍本部に戻ったディ・オンは手紙を書いた。相手は王都西方の守りを担当する第二軍将軍ニルオスだ。ニルオスは自他共に認める近衛軍一の頭脳の持ち主である。
結果、その手紙は第二軍に波乱を巻き起こした。

夜遅くにその手紙を受け取ったニルオスは驚愕した。

「『第三軍が北に行ってる間、南の守りを手伝ってくれ』だと!?なんだ、北に行くってのは!?出兵の話なんか聞いてねえぞ!ディ・オンの筋肉バカめ!メモ書きじゃあるまいし、内容を略しすぎだ!!おい、すぐに真偽を確かめろ!!」

八つ当たりのように怒鳴る第二軍将軍のニルオスに、二人の副将軍フェルナンとグリークは顔を見合わせた。

「御意」
「判ったよ。急いでリーガに確かめてくる」

やれやれ、そろそろ寝ようと思っていたのにとぼやくグリークに、徹夜になりそうだねとため息混じりで答えるフェルナンであった。