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◆聖マイティスの半身(13)


連絡はすぐにやってきた。ホールドス国の西の覇権を握るウィハーン族が南のワーズ族に加勢し、援軍を送ってきたらしいという。

「まずいぞ、5000以上の援軍がきたようだ」

エルザークは舌打ちした。今回攻め込んできたのは、数が違う。この砦は3000兵を抱えるが、負傷者が含まれている。
この世界に来たばかりの時、つまり、ローウィンを助けた時にも北方領は深く攻め込まれていて、この砦は被害を受けている。
ローウィンが連れてきた援軍を含めても5000には達さない。
敵は援軍だけで5000を抱える。当然、無傷の5000だろう。

「オルス」

視線を受けたオルスは腕を組んだ状態で思案顔だったが、すぐに結論はでたようだ。首を横に振った。

「持たないな。民間人を先に逃がし、砦も放棄するしかないだろう」
「放棄したら、領地の奥まで攻め込まれるぞ。またゼラーネの都で赤水の戦いが起きてしまう!!」
「落ち着け、エルザーク。それは承知の上だ。俺たちはこの後、何が起きるか知っている。だからこそ未然にその悲劇を防ぐ努力をせねばならない。だが、今、やらなければならないことはこの砦の民間人を一人でも多く逃がすことだ。戦いに民間人を巻き込んではならない」
「ガルダンディーアがいたらなぁ」

ぼやくのはアーノルドだ。確かにガルダンディーアがいたらかなり楽になるだろう。あの秘宝はとても大きな攻撃力を持っている。しかし、ディンガル騎士団の秘宝だ。北の地であるここにはない。

「こうなっては、ゼラーネで戦いが起きるのは避けられないだろう。そうなれば、また大きな被害がでる可能性が高い。我々は実際にその悲劇を見てきているからな」

ロイは、よく判らぬ事を話す三人を邪魔しないようにただ聞いていた。

「ふむ、歴史家殿。殿下へ手紙を頼んでもいいか?信じていただけるかどうかは判らないが、この事態を殿下にお伝えしたい」
「儂に遠路はるばる王都へ行けとな?」
「お願いしたい」
「やれやれ、仕方ないのぅ。じゃが、あんな遠いところまで飛ぶのはごめんじゃ。荷物から空間転移装置を出せ。片道だけでもあれで行く」
「ええ?本気ッスか?また別の時間に行っちゃうかもしれませんよ!」
「あほう、そっちの方が本来あり得ぬわい。しかも儂のような小さいのを一匹飛ばすだけじゃ。装置への負担はほとんどない」

小竜はオルスから筒に入った手紙を受け取ると、それを背負い、装置のスイッチを入れた。


++++++++++


そのとき、たまたま、屋根の上で星空を眺めていたドゥルーガは、空間の歪みを感じ、念のため、確認をしに向かった。そして、前回、黒竜と会話をした屋根の上に同族を見つけた。

「お前、何やってんだ。しっぽの具合が悪いのか?」
「いや、しっぽの状態は問題ない。お主こそ、こんなところで何をしておるんじゃ?使い手はもう眠ったのか?」
「部屋に恋人が来てるから、喋ってるか楽しんでいるかのどっちかだろうよ」
「そうそう、儂は、空間転移装置で跳んできたんじゃ」
「何でそんなものがこの時代にあるんだ」
「ほれ、世界を移動してきた者たちの話をしたろう。そのときにな、こっちの世界にもあるだろうからということで掘り出しておいたんじゃ」
「何で掘り出す必要があるんだ、埋まったままにしておけよ」

ドゥルーガは呆れ顔でつっこんだ。
装置は片道でしか使用できない。跳んできたのは黒竜だけだ。

「あれは、落雷で充電する。落雷の莫大なエネルギーを利用するものだからな。
雷雨の時は絶対にスイッチを切っておけよ。落雷を誘発するからな。今度はしっぽだけじゃなく全身が焦げるぞ」
「それは面倒じゃのぅ、覚えておこう。ところであれはどれぐらいの物質ならば転移できる?」
「持ち歩ける程度の大きさの装置なら一人が理想、多くても二人までってところだ」
「覚えておこう」
「武具はまだ出来てないぞ」
「それは残念じゃ。半身が武器を壊しまくっておるんじゃ」
「材料がなかなか揃わなくてな。そう使い手の側を離れるわけにもいかねえし…」

ドゥルーガは己の小さな体の中から一降りの剣を取りだした。

「将来のスティール用に作った試作品だが、そこら辺のなまくら剣よりはマシだろう。持っていけ」
「ほぉ、奴らが喜ぶじゃろうて。ありがたくもらうかの。……あ!そうじゃ、目的を忘れるところじゃった!手紙を配達せねばっ!」

慌ただしく別れの挨拶をして、空へ跳び去っていく同族を見送り、ドゥルーガは呆れ顔になった。

「あいつ、ボケが入ってきてるんじゃないだろうな。今度、頭もメンテしてやるべきか?」