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◆聖マイティスの半身(12)


銀色の髪に水色の瞳。
北方特有の白い肌は、ある意味女性よりも綺麗な色をしている。
非常に見目が良く、若くして戦場で功績を立てているため、北の双将軍と呼ばれている双子の一人。
援軍を率いてやってきていたのは、その弟の方であるローウィンであった。
金髪碧眼でやはり見目のいいセネイン将軍と並んでいたら、非常に見栄えがする。
しかし、報酬があると呼ばれたエルザークはその姿を見た途端、呆れて叫んだ。

「あんた、あれだけの傷を負っていて、何で大人しくしていないんだ!」

それはアーウィンと勘違いしての発言だったが、北の公爵家の人物に言うにはあまりにも暴言だ。
オルスは軽く眉を上げ、アーノルドも少し驚いたように身を動かした。
一方、言われた人物は面白そうにエルザークを見つめ返した。

「あいにく、我が領民を救うのに理由はいらないな。そなたは我を知っているようだが、我はそなたを知らぬ。だが兄上からそなたのことは聞いている。我らを助けてくれたそうだな、礼を言う。私はローウィン。そなたは?」
「……あぁ、弟君の方だったのか、ご無礼を。失礼致しました」

エルザークは簡単に名乗り、再度、頭を下げた。
ローウィンの方もエルザーク達は会ったことがある。彼を敵国の王子から救ったのはエルザークたちだ。しかし、相手は意識がなかった為、記憶にないのだろう。

「いや、かまわん。面白いな、そなた」

興味津々といった様子で、怒るどころか上機嫌なローウィンに対し、エルザークは、そういえばそういう人だったな、と思った。
ローウィンは、かつての世界では、エルザークが下位の騎士だった頃に亡くなってしまった。そのため、個人的にはほとんど接した時間はないが、跡継ぎである双子の兄アーウィンよりも気さくで明るい人柄だと聞いていた。
彼は気軽に城下に出て、領民と遊び、兵達と酒を楽しみ、騎士たちと剣を交わしたという。
誰とでも気兼ねなく接するために、一般兵からも非常に愛され、慕われているという人物だったそうだ。
そのため、双将軍が亡くなった時は、国全体が悲しみに包まれたのだ。

ローウィンは幾つか質問をした後、領主軍に雇われないかと問うてきた。
エルザークは返答せずに、オルスを振り返った。

「申し訳ありません。大変光栄なお誘いですが、我々は傭兵であることを望みます」

オルスはきっぱり拒絶した。

「そうか、残念だな。では、報酬を用意しよう」
「ありがとうございます。あと、一つだけお願いがございます」
「何だ?」
「我らに不干渉をお願いします。傭兵であること以外、我らは望みません。出来れば文書でお約束願いたい」

オルスの申し出に、ローウィンは驚きの表情を見せた。

「図々しい申し出でございますが、どうかお願い致します」
「……よかろう。…変わった男だな。普通、仕官となると喜ぶものだが」

エルザークはオルスの申し出に内心驚きつつもその心境が判った。アーノルドの為だろう。
アーノルドは特殊な印を持つ。その印と戦闘能力はずば抜けている。
かつての世界では『ディンガル騎士団』とオルスの出自である伯爵家の庇護があった。しかしこの世界ではない。権力者からの手から守るため、何らかの手段が必要となるのだ。
三大貴族の一つである、北のサンダルス公爵家から約束を得られれば、とりあえず北の地では自由の身が保証される。そうなれば格段に動きやすい。

(さすがはオルスだな)

普段は呑気でちょっと変わった男だが、肝心なポイントはしっかり押さえている男だ。伊達に騎士団の長まで登り詰めた男ではないのだ。

「ところで、不干渉という話、プライベートではナシだろう?」

ローウィンに笑顔で問われ、エルザークは困惑した。意図が読めない。

「何をお望みですか?」

そこへ珍しく、アーノルドが腕を引っ張ってきた。こういった場ではあまり発言しない人物だが、何か思うところがあったらしい。

「あのっ!この人、俺の伴侶なんで!姓名が一緒なのは結婚してるからです」
「兄弟じゃないのか?」
「俺ら、既婚者ですっ」

そうなのか?とローウィンに確認され、エルザークは頷いた。

「惜しいな、好みだったのに」

しみじみと言われ、エルザークはこれほどまともに好意を告げられたのは久々だなと思った。騎士団時代はアーノルドという存在のため、こういった誘いはほとんど受けなかったのだ。
お前は?と言いたげに視線を向けられたオルスは、意味ありげにロイを振り返った。
視線の意味に気づいたローウィンはため息混じりに、判った、と答えた。

高額の報酬を約束され、部屋を退出したエルザークは深くため息を吐いた。

「驚いた…」
「エル、あんた鈍いッス!あの場で聞き返してどうするんですか!」
「悪かったな!だが助かった。ありがとう」

ロイを使って上手く誤魔化したオルスと違い、エルザークはこういった誘いにとても鈍感だ。独身のオルスの方が遙かに慣れている。

「しかし、あの方、あんなに遊び人だったのか?」
「どうなのだろうな。ただ、あのときの傷の深さを考えれば、遊べるような体調ではあるまい。お前が怒ったように、本来、安静にしておかねばならぬ傷だ」

アーウィンにしろ、ローウィンにしろ、重傷だったのは確かなのだ。ますます誘われた意図が判らない。
エルザークは眉を寄せ、舌打ちした。

「全く、あのご兄弟はいらないところがよく似ているな。無茶をなさるあたりがそっくりだ」
「ふむ。無茶をなさるところはともかく、評判どおり、領民思いな方々のようだ」

そのとき、エルザークらの側を慌てた様子で騎士が駆け抜けていった。向かう先はローウィンたちの部屋のようだ。
エルザークとオルスは顔を見合わせた。

「急報か?」
「ふむ、完全撤退するかと思っていたが、また状況が変わったか?」
「いずれにせよ、傭兵部隊へも連絡があるだろう。下の広間で待っていた方がよさそうだな」

どうやらこの砦にはもうしばらくいなければならなくなったようだ、とエルザークは思った。