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◆聖マイティスの半身(11)


ぐるぐるとアーノルドが腕を回す。
選んだ場所はやはり傭兵部隊の最前線だ。

「あー、来るッスねえ」
「そうだな」

敵兵を視界に入れつつものんびり会話するアーノルドとオルスに緊張感は感じられない。
戦場に出ると緊張してしまうロイとは大違いだ。

「ねえ、オルス先輩。出陣前にアレやりません?どうも気合いが入らないっていうか、やらないと落ち着かないッス」

くいくいとオルスの袖を引っ張って、アーノルドが強請る。

「ふむ。まぁかまわんが…」

今やるのか?と眉を上げるエルザークの前でオルスが剣を抜き、地面に真っ直ぐ刺した。
その隣でアーノルドが剣を抜き、胸の前で水平に立て、口を開いた。

「陽光を閉ざすは、弱き精神。恐怖の扉を叩きし手は、汝の心にあり。
正しき道と勝利は、強き精神により開かれる。
勝利と不屈の精神を持つ、炎神マイティスよ、我らに強き精神を与えたまえ!」

その言葉が終わる前に、エルザークがアーノルドとは逆方向に持った剣を胸の前に立てた。

「天が下なる、我が手に宿りし命よ。
地に満ち、木々に宿りし、生を育む、命の脈動よ。
天の慈悲は剣持つ手に、地の慈悲は刃の涙に刻まれる。
天と地の狭間に生きし、精霊よ。汝が地を汚し罪を許したまえ」

最後にオルスが口を開いた。

「我らがディンガルの神々よ、戦場に立つ勇気を、命を守りし力を、我らに与えたまえ。
偉大なる我らが神よ、骸の眼差しを遮る手と、誘いを拒む力を、我らに与えたまえ」

最後に三人は剣を一度ずつ、互いに打ち付けた。
今の言葉をロイは知っている。
ディンガル地方に生まれ育ったロイは幼い頃から何度も出陣の儀を遠目に憧れを持って見てきたものだった。だから何度も聞いたことがあるのだ。
今の言葉はディンガル騎士団の将軍が出陣前に使う言葉であり、神々への祝詞であり、懺悔であり、慈悲を請う言葉だ。

「なんでアンタら、その言葉を…」

問おうとしたロイの前でアーノルドとエルザークが同時に動いた。

「来ます!」

アーノルドが振り返り、身構える隣で、エルザークは剣を収めると、強弓を取り出し、ぎりぎりと矢をつがえた。

「1、2、3……行け!!」

反重力を纏った矢は真っ直ぐに戦場を飛ぶと、最前線にいた騎士に見事に当たった。

「ん?この感じは……エルザーク!」
「判ってる!」

オルスの言葉に返答し、エルザークは弓を片手に持ったまま、地面に片手をついた。

「解除する!」

「んじゃ、行くッス!華炎連弾!!(ラ・ゼディーガ)」

アーノルドが放った大きな炎の球が連続で放たれる。
そこで大きく波動が揺れるのを大地から感じた。印の技は印の技で止めたり、解除したりすることができる。そこでロイは初めて、エルザークがやっていることの意味に気づいた。敵が放とうとしていた印の技をエルザークが止めたのだろう。

(すげえな)

印の技を事前に止めるのはそう簡単ではない。相手よりも大きな力が必要な上、引き出されかかっている技を解かなければならないのだ。スピードと器用さも必要とされる。ただ技を放つよりもずっと難易度が高くなるのだ。
エルザークが目に見えぬ攻防を繰り広げているうちに、アーノルドの攻撃から生き残った敵兵が目前近くまで迫ってきていた。
しかし、アーノルドは炎球による遠距離攻撃に集中している。
焦ったロイが何か言おうとした先でオルスが動いた。剣が地面に向けて振り下ろされる。

「地裂斬!」

地面に当たった剣先から前方へ大きく地面がひび割れる。
大きな音と共に近くの地面が揺れ、一気にヒビが広がっていき、足場を崩された兵や騎馬が次々に足を取られて地面に倒れ込んでいく。

(すげえ、広い!!)

目に見える範囲をほぼ全て割り崩したオルスは平然としている。ただの地裂斬もこれだけ規模が大きければ十分な大技だ。
そしてそれを待ちかまえていたのだろう、アーノルドが大きく剣を振り上げるのが見えた。

「行け!!『聖マイティスの刃!!(グラザナード)』」

巨大な炎の刃が倒れ込んだ騎馬や兵達を直撃する。
その直後、地面から手を離したエルザークが弓を構えた。

「お!」
「あー!先輩に奪われた!」

(敵将か!)

遠距離だったが確かに敵将の一人だ。強弓は通常の弓より射程距離が長く、威力が高い。的中した矢は敵将を仕留めていた。
慌てた敵の部隊が急いで撤退していく。

(ずいぶん撤退が早いな)

ロイでさえ、そう思う慌てぶりにエルザーク達も気づいたらしい。そしてその理由はすぐに判った。援軍が来たのだ。

「む、領主軍から援軍が来たようだ」
「ずいぶん迅速だな。まぁこれで敵は撤退するだろう」
「そうだな」
「首までは取れませんでしたねえ。ちゃんと殺れましたかねえ」
「どうだろうな。胸に当たったから助かったとしてもかなりの重傷だろう」
「ですね」

いずれにせよ、敵将に傷を負わせたことは大きな意味がある。特別報酬は確実だろう。
しかし、この後、思わぬ再会がエルザークを待っていた。