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◆聖マイティスの半身(10)


一方、オルスとエルザークはアーノルドたちから少し離れた窓際に座り、ロイと共に食事を取っていた。
戦時中とはいえ、まだ食料は豊富にあり、問題はない。元々、貯蔵関係にはあまり苦戦しない砦なのだ。
ロイは二人がワインを選んだ事に気づき、ずいぶん上品だよな、と思っていた。傭兵はワインをあまり好まない。麦酒のような穀物酒を好む者が多いのだ。

「あいつ放っておいていいのか?」
「あぁ、大丈夫だ」

元々、アーノルドは傭兵達と仲が良かった。屈託のない性格と彼らに認められる実力は傭兵達を惹き付けるのか、騎士団時代から傭兵達と交流があった。傭兵慣れしているアーノルドは当然ながら彼らとのつきあい方を知っている。そのため、面倒なことにもならないとエルザーク達も知っているのだ。

「それより、ロイ。酒や茶はいいが、生水は取らないようにしろよ」
「水の質がよくないのか?」
「いや、水質はいい。ただ、住み慣れぬ土地の水は、生で飲んだら腹をこわすことがある。飲み慣れないものは急に飲むなって事だ」
「こういった砦では、傭兵に茶や湯冷ましの配給がある。ディンガル騎士団でもやっている」
「ディンガルは、元々、傭兵が多いから、ディンガルの水に慣れてる連中も多い。ただ、他の土地への遠征も多いから、いつも配給は行っていたがな」
「選ぶのは湯冷ましの方にしろ。茶より水の方が役に立つ。
判っていると思うが、水は常に持っておけ。飲むだけでなく、傷口の洗浄などにも使うからな」

こういった知識は大切だ。ロイは素直に頷いた。
そうして、食事をほぼ終えた頃、若い騎士がエルザークらの元へやってきた。将軍が呼んでいるという。
戦場で目立ったため、いずれ呼ばれるだろうと思っていたエルザークたちは頷いた。

「あれ?おっちゃんじゃない」

向かった先の部屋で待っていた将軍は、エルザーク達の想像していた相手ではなかった。
当の将軍は軽く眉を上げただけだった。
周囲にいた騎士のうち、半数が顔をしかめ、半数が吹き出すのをこらえるような表情となった。

「こら、アーノルド」

思わず正直に口にしたアーノルドの頭を叩き、エルザークは謝罪した。

「失礼いたしました。口の悪いヤツで申し訳ありません」
「コーズ将軍は先の戦いで負傷されてな。今は私が指揮を執っている」

金髪碧眼で怜悧な美貌を持つセネインはまだ二十代半ばの若い将軍だ。切れ長の細い目に銀色の眼鏡をかけているために将軍というより文官にも見える。しかし、実際は若くして幾度も死線をくぐり抜けた猛者であり、類い希な士気能力を持つ人物だ。
彼は左上腕部を負傷していた。しかし、それを気にしている様子はない。普段、傷を負うことが当たり前なほど過酷な戦いを繰り広げているのだろう。

「しかし、若いな。報告に来た騎士から若いとは聞いていたが、これほど若いとは思わなかった」

アーノルドはニッと笑んだ。

「そうッスね、でも戦場に年齢は関係ないでしょ。単に命と命をぶつける場ッスから」

眼差しに秘められた言葉の重みと実感に気づいたのだろう。セネインは満足げに笑んだ。
幾度も死線をくぐり抜けた者だけが持つ、経験という名の重さがある。こればかりは戦場を幾度もくぐり抜けた者しか判らないものだ。

「優秀な傭兵は我が砦にとっても大変ありがたい。ホールドス兵が完全に退くまで協力を頼む。厚遇を約束しよう」
「ありがとうございます」
「念のため、そなたらの名を聞いておきたい」

代表してオルスが答えると、セネインは眉を上げた。

「当たりか。そなたら、アーウィン様とローウィン様をお助けしたことがあるな?」

周囲の騎士たちが驚く様子が目に入る。
一気に注目度が増し、アーノルドが困ったような表情となり、エルザークとオルスは視線を交わした。

(どこで名を知られたんだか。名乗ったか?名乗ったのかもしれねえな。
あのときは、俺もよく状況が判らなくて焦っていたし。うろ覚えだ)

エルザークは小さくため息を吐き、髪を掻き上げた。どうするのが一番最適なのか、とっさには判断が付かない。
迷っている様子に気づいたのか、セネインが声を和らげた。

「罰するつもりもホールドス国に差し出すつもりもない。アーウィン様はそなたらに礼をしたいと申しておられる。そなたら傭兵であれば、報酬が用意されるだろう。ゼラーネへ受け取りに行くがいい」
「承知いたしました」

オルスが返答し、アーノルドとエルザークは軽く頭を下げた。

「あのぉ…敵将って誰が来てるッス?」
「ブリュノ将軍、ギデオン将軍、アウカ将軍だ。そのうちアウカ将軍は生死不明だ」
「武器があったらなぁ……」
「武器を持っていないのか?」

さすがに呆れ顔になったセネインにアーノルドは壊してしまったのだと答えた。

「剣が技に耐えきれなかったッス」

セネインは納得したのか、砦に余っている武器を貸してくれると言ってくれた。

「やたっ!ありがとーございます!ちゃんと首取ってきますね!」
「あぁ、期待している」

おざなりな返答だ。さすがに敵将の首までは期待していないのだろう。

「放出量が上級の四重、火炎属性で片手剣だとありがたいんだが…」
「上級の四重だと!?」
「今まではそれを二本使っていたんだ」
「使いこなせるのか?それほどの武器を」
「彼は、実際に使っていた」

しかも双剣使いなので、二本同時に使っていたのだ。

上級印用のすらあるかどうか判らないと言われ、エルザークは苦笑した。借りるのだから贅沢は言えないが、やはり使い捨てにしかできぬような武器しか手に入れられなさそうだ。
もっとも、アーノルドの方が異例であり、世の中、上級印持ちは少数派なのだ。そう、都合良く武器がなくても無理はない。
アーノルドはそのまま他の騎士に連れられ、武器庫へ向かった。

将軍の前を退出し、傭兵達が集まる広間の一角へ戻りつつ、オルスが口を開いた。

「策を変えるか」

エルザークが問うように視線を向けると、オルスは普段と同じように淡々と告げた。

「今回は狙いがハッキリしている。我々は傭兵として、砦を守るために敵を撤退させられればいいわけであり、そのためには敵将の首が取れればいい。
幸い、将軍時代のように顔や名が広く知られているわけではないから、先手を打つことができるだろう。エルザーク、お前も攻撃に回れ」
「判った」
「…あんた、攻撃も出来るのか?」

ロイに少し驚いたように問われ、エルザークは頷いた。

「あぁ」

防御の方が得意だが、土の上級印技はすべて使えるのだ。

(あまり得意じゃないがな…)

普段は完全にアーノルドのサポート役だ。誰かの補助をすることに慣れているエルザークは、攻撃が得意ではない。出来ないわけではないが、防御に比べると遙かに不得手なのは確かだ。
広間へ戻ってしばらくすると、アーノルドが戻ってきた。剣を二本もらったようだ。

「一応、上級印用らしいんですけど、壊しそうです……」

アーノルドは、申し訳なさそうな顔で素直すぎる感想を呟いた。
剣というのは安い代物ではない。上級印用は特に高額だ。騎士団時代にさんざん壊しまったせいで、相場を知るアーノルドは申し訳なさそうな顔で剣を見ている。
一方、エルザークは己の弓を取り出し、異常がないか確認した。エルザーク自身、フルに印を使って戦うとなると彼本来の武具である弓を媒介とした方がいいのだ。

「アンタ、その弓も使う気か?」
「あぁ」

普段は剣を使っているためだろう。少し怪訝そうにロイに問われ、エルザークは頷き、付け加えた。

「俺はこれが本来の武具だ」
「は!?アンタ、弓使いなのか?」
「あぁ」
「けど、アンタ、土の印使いだったよな?」

弓矢使いは風の印持ちが多い。理由は相性の問題だ。風の印で矢を強化したり、飛距離を伸ばしたりしやすいので、便利なのだ。

「邂逅の儀で得られたのが弓でな。その後、ドゥルーガ殿に武具を頼んだ時もこれが仕上がってきた。剣か弓で、と言ったら、弓にすると即答されたんだ」
「使いづらくないのか?」
「いや、全く不満はない。俺は元々、補佐が中心だ。アーノルドの補佐をするのに弓矢は使いやすいからな」
「アンタは?」

視線を向けられたオルスは、のんびりとリーガの手紙を読み返していたが、ロイに問われると、ゆっくりと手紙を畳みつつ答えた。

「最前線に出ることが少なくなっていたからな」
「は?」

ディンガル騎士団将軍であったオルスは当然ながら全体指揮が主な仕事だった。そのため、最前線にでることは少なかったのだ。

「主要な武器は、全部使えるぞ」

実にあっさりと答えられ、ロイは軽く肩を落とした。

全部使える。

武器が全部使えると即答できる人間はどれぐらいいるだろう。普通、メイン武器ぐらいしか使えないものなのだ。いろいろな武器に手を出すとすべてが中途半端な腕になってしまうから、御法度と言ってもいい。
しかし、彼はすべて使えるという。この三人は並外れた強さを持っている。使えるというのなら本当に使えるのだろう。

「あんたらも全部使えるのか?」

問われたアーノルドとエルザークは首を横に振った。

「全部は無理だな、槍、片手剣、両手剣、弓ぐらいだ」
「俺は剣だけッス」

アーノルドはともかく、エルザークもすごいとロイは呆れた。

「それだけ使えりゃ十分だろ」
「騎馬だとな、どうしても槍も使えないと不自由なことがある」

あぁ、貫通力が足りませんもんね、とアーノルド。

「貫通力?」
「重装備兵が相手の場合、剣じゃ鎧に阻まれて、致命傷を与えられないことがあるッス」
「騎馬で一気に間合いを詰められてしまえば、印を発動する時間すら取れないことも多い。そういった事態を防ぐため、重装備兵が多い時は、槍部隊を前線に出す。槍ならば鎧ごと貫けるからな。パワーが必要だから俺よりオルスの方が得意だ」
「へえ……俺にも使えるかな」

オルスとエルザークは少し思案顔になった。
アーノルドはあっさりと即答した。

「止めた方がいいと思うッス」
「何故だ?」
「槍使いはスピードで劣るッス。だから基本は弓使いのような遠距離攻撃部隊が組んで動くんです。槍使いはよほどの使い手じゃない限り、部隊ごとじゃないと使い物になりません。傭兵向きじゃないです」
「うむ、アーノルドの言うとおりだ。戦術としては槍部隊は必要だが、個人として選ぶ武器には不向きだ」
「だな。素直に剣の腕を伸ばしておけ。筋は悪くないぞ」

今、ロイに剣術を教えているのはエルザークとオルスだ。

「あんたらみたいにめちゃくちゃ強い奴らに言われても、自信持てねえな」
「もちろん槍使いにも強い人はいるッスよ。俺は、そいつが大っっっっっ嫌いですけど!」
「嫌い?」
「槍使いといえば、ガルバドス国のダンケッド将軍だな。今は、智将ノースの部下のはずだ。ヤツぐらい極めれば、槍でも問題なく戦えるんだろうがな」
「あまり詳しく知らないんだが、どういう人物なんだ?」
「当人が槍使いのためか、重装備兵が多く、防御に長けた軍だ。青将軍時代は印使いが多いカークの軍と上手く組んで戦っていた」
「うむ。青将軍時代が比較的長かったためか、経験が豊富で、どんなときも大崩れしない、よき用兵をする。正直言ってやりづらい相手だ。ただ、用兵スピードがそう早くなくてな、そこにチャンスがあった」
「詳しいな…」
「何言ってんだ。何度か対戦すりゃすぐに判る」

そうなのかとロイは思った。何しろ、ロイは圧倒的に戦場経験が足りないため、その辺の判断がつかないのだ。

そして、翌日、再戦となった。