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◆聖マイティスの半身(9)


当然といえば当然ながら、砦に撤退したアーノルドへの視線はすっかり変化していた。
シビアな目を持つベテランの傭兵たちもアーノルドには驚愕していた。強大な印による攻撃力。更にはずば抜けた行動力に優れた剣技。更にはエルザークとの上級の合成印技で戦況を覆してしまった。
何もかも桁外れの強さだったのだ。驚かないはずがなかった。

「坊や、さっきは悪かった、謝る!名を教えてくれないか?」
「坊やじゃないッス!でもいいッスよ」

傭兵達は強者を好む。強い仲間が自らの命を延ばすことを知っているからだ。
傭兵社会は実力主義だ。武器一本で戦場を渡り歩く世界であるため、身分や生まれに関係なく、強ければ認められるのだ。
アーノルドは素直で歪みのない性格だ。騎士時代から傭兵達と接触があって慣れていることと、甘え上手で年上の心を擽る性格をしていることもあり、あっさり他の傭兵達に馴染んだ。
傭兵達は兵士や傭兵達のために用意された広間の一角で食事を取り始めた。
戦時中は砦から食事の配給があるのだ。

「坊や、腹減ってないか?メシにしようぜ」
「俺、坊やじゃないッス!」
「みんな新人時代はそう言うんだよ」
「そうそう。あ、坊や、酒飲めるか?」
「俺は坊やじゃないッス〜。飲めるッスよ!」
「まぁまぁ、ほら、麦酒をやるから機嫌直せ」
「俺、麦酒は苦いから嫌いッス。糖蜜酒の方がいい」
「あんな甘いモンが好きとは、やっぱり坊やは坊やだなぁ」
「しょうがねえなぁ。おーい、糖蜜酒持ってこいや」

素直で甘え上手なアーノルドは年長者受けがいい。
我が儘もあっさり聞き入れられて、持ってこられた糖蜜酒にアーノルドはころりと機嫌を直した。

「おいしいーー!!さいこうーーっ!!」

素直な賛辞は周囲の人々を喜ばせた。

「おお、判ってるじゃねえか、坊や」
「つまみもあるからな、しっかり食えよ」
「うん、食う!!」
「虫は大丈夫か?」
「平気ッス」
「おお、じゃあこっちも食え。うまいぞ」
「やたっ!ありがとーございますっ!」

喜々として平らげていくアーノルドに周囲も嬉しげにおかわりを給仕に追加する。給仕もうれしげに追加を持ってきた。

「ところで坊や。坊やの連れのお二方、ありゃ何モンだ?ホントに生粋の傭兵か?」

オルスとエルザークは、アーノルドが年長の傭兵たちに捕まったことに気づき、窓際付近を選んで食事をしている。ロイも一緒だ。
ロイはともかく、オルスとエルザークの立ち振る舞いは、粗野な傭兵ではなく自然なマナーが身についた騎士のものだ。おまけに元々将軍職にあったこともあり、到底、一般人には思えぬ迫力がある。そのことに世慣れた傭兵達は気づいたのだろう。

「えーと、傭兵ッスよ。家は……まぁそこそこ、いい生まれらしいッスけど」

どう説明したらいいのか判らず、アーノルドは言葉を濁した。
しかしそれで周囲は勝手に納得したらしい。

「あぁ、なるほどな、生まれが良いのか」
「どおりで随分上品に食うと思った」

他のグループに混じってみていると、己の先輩が随分注目を浴びていることにアーノルドは気づいた。
目立ちまくったアーノルドの連れということもあるが、オルスとエルザークは目立つのだ。二人とも見目がいいが、それ以上に存在感がある。伊達に十年後の騎士団で将軍位についていたわけではないのだ。初めてのはずの場で堂々とした態度、戦場での異様な落ち着き、そして支配者として場を威圧する雰囲気がある。一人一人ならそれほどでもないが、揃うとそれが顕著に表れるのがオルスとエルザークだ。彼等の持つカリスマ性は並のものではない。

(かっこいーもんなぁ、俺の先輩たちは。どこに行ってもモテまくりそーだよなぁ)

騎士団時代もモテまくっていた二人だ。しかし、高い地位とアーノルドの存在が障害となり、行動にでるものは少なかった。
エルザークもオルスも、私生活では常にアーノルドを最優先するのだ。しかも無自覚だから質が悪い。そのせいでアーノルドは二人のファンからずいぶん恨まれたものだった。
今回はどうなるだろう。環境があまりにも変化したせいでよくわからない。そう思い、見えぬ将来に少し不安になったアーノルドだったが、その考えは唐突に差し出された鳥のモモ肉で吹き飛んだ。

「美味しそー!!食べていいの!?」
「おう!ここの鳥は美味いぞ。スパイスが違うからな」
「やたっ!ありがとー!」
「しっかり食えよー。スープも飲むか?」
「飲む!」
「よしよし。おーい、スープを持ってきてくれ!」

すっかり途中までの考えを忘れ、食事に没頭するアーノルドであった。