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◆聖マイティスの半身(8)


戦いは最初から劣勢となった。
まず士気が違う。敵側は敵討ちのためにやる気満々だ。恐れることなく突っ込んでくる。
一方こちらは最初から士気が落ちていて、おまけに最前線で優位に戦える将も不在という状況だ。傭兵も最初から不利と判っている戦いのためにあまり集まらなかった。人数的にも完全に負けている。
しかし、ここで負けては一気に攻め込まれてしまう。撤退するわけにもいかないのだ。

傭兵部隊は当然ながら最前線で剣を振るうことになった。
自衛に専念しろと言われていたロイは、素直にその忠告どおりに動いていた。
しかし、ほとんど剣を使う必要はなかった。側にいるオルスがロイが気づくよりずっと早く動いてくれるためだ。
途中、オルスは倒した敵から剣を拾い上げると、いきなり放り投げた。

「アーノルド!」

オルスたちのやや前方で戦っていたアーノルドの足下にその剣は突き刺さった。アーノルドはそのとき、戦場で拾った別の剣を使っていたが、笑顔でその剣を放り出すと新たな剣を手に取った。

「やった、炎属性!ありがとーございますっ!!」

剣で敵兵をかわしていたエルザークは、隣のアーノルドをフォローするように動いていたが、突然アーノルドが声を上げた。

「せんっぱーーーいっ!!首発見!!」
「はぁ?」

アーノルドが剣で示す先に敵将らしき姿がある。
ああ、あれか。誰だろうとエルザークは思った。ブリュノとギデオンではないようだ。十年前だけにすぐには敵将の名が出てこないのだ。

「武器よし、距離よし、角度よし。行くッス!!」

ギュン…とアーノルドの背に力が籠もり出す。輝く背と呼応する己の印の状態から大技が出ると気づき、エルザークは慌てた。この至近距離では防御陣を張らねば間違いなく巻き込まれる。

「下がれ!!!アーノルドの技が出るぞ!!」

慌てて周囲へ怒鳴ったが、退く気配はない。アーノルドの力を知らぬ周囲には意味が通じないのだ。
間に合わないと焦ったエルザークの目前に防御壁が現れた。ハッとして振り返るとオルスが土の上級印を発動させていた。
アーノルドの剣先に宿った炎が周囲を照らすほど巨大に輝く。アーノルドが持つ大技の一つ華炎弾の連発技だ。

「行け!!!華炎連弾!!(ラ・ゼディーガ)」

熱と余波による風が吹いてくる。
ドンと放たれた巨大な炎の球は直線に飛び、球がピンを弾き飛ばすがごとく、敵兵を吹き飛ばして行く。それが連発だ。一つを避けたかと思えば次の球が飛んでくる。
ド、ド、ドンと複数の球が敵兵を吹き飛ばしていく様子に周囲が驚愕としているのが判る。
技を放った当人は、剣を見て顔を引きつらせている。

「げ、もうヒビが!!」
「アーノルド、これ!」

ロイはさきほど見つけた剣をアーノルドへ向けて放った。ちらっと見ただけだが炎属性のようだったので拾っておいたのだ。

「わ!ロイ先輩、ありがとーございます!」
「アーノルド来るぞ…!…地神の手!!」

エルザークが技を発動させた。
ロイの目の前で10体以上の巨大な土の手が地中から現れ、反撃にでようとしていた敵の兵士を次々とわしづかみにしていく。驚くほどのサイズと数だ。
そのエルザークの隣でオルスは襲ってくる兵だけを倒しつつ、戦場全体に目を走らせている。

「右翼は大丈夫だが中央の本隊が危ないな、あそこがやられるとコーズ将軍とセネイン将軍が危険だ。アーノルド、エルザーク、タイミングを見計らって中央部隊に打撃を与えよ。そうだな、一発でいい、敵のど真ん中に大きいのを放て。こちらの時間稼ぎは任せろ」
「「御意!」」

騎士時代の癖で反射的に返答し、エルザークは思わず顔をしかめた。
明らかに傭兵としてはおかしい返答をしてしまった。しかし苦笑したオルスはともかく、アーノルドは気づいていないようだ。長年の癖は簡単に直るものではないのだ。
幸い、戦場という緊張でロイは気づいていないようだ。

オルスが数体の地神の手を発動し、敵兵を攪乱している様子を見つつ、エルザークとアーノルドはタイミングを計った。
合成印技は規模が大きいだけに味方を巻き込む恐れがある。威力が大きいだけに慎重に放たねばならない。
しかし、タイミングは判る。長年の経験で、ここで行けばいいというタイミングは読めるのだ。あとはそれを待つだけだ。
ただ、アーノルドの武器が本来の武器ではないだけに、今回はエルザークがアーノルドにあわせて威力を調整する必要があるだろう。

「よし」
「行くッス!」

エルザークとアーノルドを中心として、地面が赤く輝きだす。
やがて、周囲の地面に亀裂が入り、二人の周囲から、一つの大きさが頭部ぐらいの岩が次々に浮かび上がっていく。それらの岩は紅く熱を持って輝いている。

「うぉっ!?」
「上級の合成印技、『炎神の咆哮(ガザナドゥーラ)』だ!!」
「気をつけろ、射程範囲にいたら焼け死ぬぞ!!」

印に気づいた周囲の傭兵達が、叫びながら慌てて離れていく。
その間に印は完成していた。エルザークと背中合わせに立つアーノルドが両手を挙げると燃えたぎる炎の固まりとなった大岩が、次々に唸りを上げて、敵陣へと飛んでいく。

「行け!!『炎神の咆哮(ガザナドゥーラ)』!!」

複数の大岩が飛び交うことで空気を切るような音が、ゴォオオオと鳴り響く。印の名の由来はここから来ているのだ。
運悪く大岩の通り道にいた兵は一瞬にして火だるまになり、大岩は地面に当たると大きく砕け散り、爆発を起こす。
次々に大きな爆発音が響いていく。
二人が印を使う間に守っているのはオルスだ。地の防御陣を張り、しっかりと守っている。
そうしているうちに撤退命令が来た。
ロイ達は他の傭兵達と共に撤退した。