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◆聖マイティスの半身(7)


手頃な食堂兼宿屋で虫以外の食事を済ませた後、四人はとった部屋に入った。そして食堂で得られた情報を確認した。

「ホールドス国の、南の覇権を握るワーズ族が攻め込んできたようだ」
「理由は明らかだよなぁ」

珍しくため息混じりにぼやくエルザークにオルスは苦笑した。
双将軍を助けるためにワーズ族出身の王族を殺したのはエルザーク達だ。間違いなく復讐戦を仕掛けてきたのだろう。
しかし、元々ワーズ族とサンダルス公爵家は、因縁の関係で、長く戦いを続けてきた間柄だ。歴史を紐解けば、お互いに何人もの犠牲者を出している。今更それが一人増えたところで何ら変わりはないのだ。今回もエルザーク達が助けなければ、双将軍の片割れローウィンが殺されただろう。
そして、彼が殺されれば、勢いづいたホールドス国軍により、ゼラーネの都まで侵攻されてしまうのだ。エルザーク達はそれを知っている。そういう歴史だった世界から来ているから、経験済みなのだ。だからこそ救出を躊躇わなかった。

「さて、せめてここで総崩れは防ぎたいものだが、変えられるかな」
「もちろん変えたいッスね」

オルス達の言葉の意味はロイにはよく判らなかったが、邪魔をしないように無言で聞いた。
三人は未熟なロイを排除しようとせず、話し合いの場に入れてくれた。これは三人の信頼であり、仲間であるという証を見せてくれたのだ。ならば会話の意味は判らなくても、ちゃんと聞くのが誠意というものだろう。

「記憶どおりなら、ブリュノ将軍を総大将とし、ギデオン将軍が配下にいた軍だったはずだ」
「先輩さすがッスー。俺、どんな首だったか、もうさっぱり覚えてなかったッス」
「どっちもお前が落とした首だろうが。せめて名前ぐらい覚えてろ!」

呆れるエルザークの隣で腕を組んだオルスが小さく笑んだ。

「まぁ、死んだ首より生きた首だな。……アーノルド、今回も行けるか?」
「もちろんッス!……と言いたいところですけど、武器がないのがキツイッス」
「火炎系武器か、現地調達してやるから頑張れよ」
「はいっ」
「ロイ、お前は俺たちの側にいろ。ただし、なるべく俺の側だ。エルザークはともかく、アーノルドにはなるべく近づくな。巻き込まれる恐れがある」
「あ、あぁ判った」

巻き込まれる恐れとはどういう意味だろうと思いつつロイは頷いた。


++++++++++


翌日、エルザーク達は砦の受付で傭兵の登録をした。登録しておかねば、戦いの後に報酬が貰えないのだ。
戦いが近いこともあり、受付のロビーでは他の傭兵たちの姿もちらほらとあった。

「あまり人が多くないんだな」

ぽつりとロイは呟いた。ロイはディンガル騎士団しか知らないが、騎士団の受付付近のロビーにはいつも多くの傭兵達が集まり、情報交換をしていて賑やかだった。その時の印象に比べるとここはずいぶんと閑散としているように思えた。
受付を終え、エルザークはロビーを出つつ答えた。

「不利だからな」
「え?」
「今回の戦いは不利だ。北は前回の戦いで大きく打撃を受けていて、ディンガル騎士団に応援を頼むほど窮地に陥った。双将軍の負傷もあり、領主軍本隊の援軍もすぐには期待できないことが判っている。だから傭兵達も集まらない。負け戦になると傭兵には儲けがないからな。
ただ、今回はワーズ族単独の行動だろう。それが判っているだけ救いだ」
「そうなのか?」
「ホールドス国内は今、内乱が起きかけている。まぁいつもの民族紛争なんだが、代替わりしてまだ年数が浅いからな。若き国王は国内をまとめる方を優先するだろう。他国に気を配る余裕はないはずだ」
「北の国の事情まで知ってるのか」
「あぁ、まぁな。ともかくここで敗北するわけにはいかない。ここで敗北したら一気にゼラーネの都まで攻め込まれてしまうんだ」
「明日か明後日には第一戦が始まるだろう。しっかり準備しておけよ」

わかった、とロイは頷いた。



エルザークたちは当然ながら傭兵部隊に配属された。場所は左翼の一角だ。
傭兵は必ず最前線に配属されるため、危険が多い立場でもある。身一つで戦い、何の保証もない。危険職だから賃金は高いが生きて帰らねばそれも手に入らない。過酷な職なのだ。
ロイは緊張していたが、他の三名は相変わらずマイペースだった。特にアーノルドはうきうきしている。しかし、腰は丸腰だ。武器すら身につけていない。

「首、取れるかな」

アーノルドは嬉しそうだ。実戦好きな彼は戦場慣れしている。若く見える外見のせいで周囲には新人扱いを受けているが、実際は戦場で何度も敵将の首を取ってきた猛者なのだ。
しかし、武器すら身につけていないことで、ロイ以上に周囲の傭兵達のターゲットになっていた。

「いいか、無茶をするんじゃねえぞ!」
「そうだ。命のやりとりをする場にアホはいらねえ」
「遊びに来たのか、テメエは!?」
「ずる賢いヤツだけが生き残れるのが戦場ってモンだ。顔じゃ生き残れねえぞ」
「おい、ガキ。そんなに前に出ていたらあっという間に首をとられるぞ!!」

さすがに戦場ともなると皆、緊張が強まる。中には見た目からアーノルドを侮っている者もいて、そんな者たちは辛辣だった。
言われ放題になっているアーノルドの様子を見て、オルスとエルザークは苦笑した。

「やれやれ、かつてのパターンだな」
「そうだな。一度実戦を経験すれば見方も変わってくるだろう」

アーノルドは、若く童顔という見た目のせいで実力を誤解されやすい。だが実際に戦場にでれば一気に変わる。炎虎、剣聖を歌われた実力ははりぼてではないのだ。

「せめて味方殺しをしねえようにフォローしてやるか」

今回は周囲がアーノルドに慣れた騎士たちではないのだ。
エルザークは軽く肩をすくめた。

「ちょ、俺は最前線がいいって!!一番前!!」
「ばか言うな、坊や。お前じゃ死ぬぞ」
「そうそう、足手まといを連れて行けるような場所じゃねえんだ、戦場は」
「足手まといになんかならないッスよ!!」

言い争う様子を見て、案の定の展開だとエルザークとオルスは顔を見合わせた。

「あー、俺らが責任持ってみてるから連れていってやってくれないか?」
「アホか、甘いにもほどがあるぞ、てめえら!!」

ベテランらしき傭兵に逆に怒鳴られ、エルザークは、しょうがないと軽く肩をすくめた。
その隣でオルスが口を開く。

「かまわん。死んだらこの者自身の問題だ、遠慮無く放置してくれていい」

さすがは元将軍というべきか、迫力が違う。オルスの落ち着いた態度は無言の説得力を与えたらしい。傭兵らは舌打ちしつつもアーノルドが最前線に出ることを認めてくれた。

「おい、周囲の反論は実力で封じろよ。派手にやれ」

エルザークの台詞に、珍しくも怒りを見せていたアーノルドは当然だと言わんばかりに頷いた。

「もちろんッス!!」