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◆聖マイティスの半身(6)


数日後、エルザークたちは、馬に乗って北の地を歩いていた。
武具の代金を払わねばならない以上、しっかり稼がねばならない。
今、通っているのは山道のため、ほとんど人通りがない。
ごく希に野生生物を見つけるが、ほとんどが小型のため、人を見つけるとすぐに逃げていく。

「スティール将軍はお元気でした?」
「あいにく、ヤツの使い手には会ってないからわからんのぅ。じゃが、まだ将軍ではないようじゃぞ、あやつの使い手は」
「そーッスね。でも、いずれなりますよ」
「こら、アーノルド、気楽に言うな。将軍位の代替わりは、めでたい理由ばかりじゃないんだぞ」
「はい、すみません」

四人+一匹が目指しているのは、国内最北のラーチ砦だ。ここは北の大国ホールドスとの戦いの要となることが多い。
そしてそのラーチ砦を守るのは、ザルツ騎士団だ。

北西のディンガル、西のバール、南のクロス、この三つの騎士団とザルツ騎士団の違いは、いわゆる、国か領か、の違いだ。
三つの騎士団は国王直属として扱われるため、国立。
ザルツ騎士団はサンダルス公爵家が創設したものであり、領立として運営されているのだ。つまり、領主軍の一部になる。

「コーズのおっちゃん、元気かな〜♪」
「いいか、無礼なことはするんじゃないぞ。今の立場を考えて失礼にならない振る舞いをするんだぞ」
「はいっ」

聞いていたロイは大人と子供のような会話だな、と思った。
この二人は婚姻していると言うが、普段の会話だけを聞いていたら色気も素っ気もなく、保護者と非保護者のようだ。

「本当に結婚してるのか?」

口に出したつもりはなかったが、こぼれ落ちていた。
隣にいたオルスはそれが聞こえたらしい。笑い出した。

「えっと、あの…」

まずい。謝らなければ、と思ったが、オルスは笑いながら手を横に振った。

「大丈夫だ。周りからさんざん言われてきたことだから、今更怒ったりしないだろう」

まぁ、今のは聞こえていなかったようだが、とオルス。
ロイと同じように思った者は多かったということらしい。

「結婚しているのは事実だ」
「そうか…」

話しながら、この男もよくわからないな、とロイは思った。
結婚しているようには見えなくても、結婚しているらしい二人と旅をする男。これは、いわゆるカップル+1人という組み合わせになる。邪魔者にならないのだろうか。

「あんた、あいつらといて、気まずくなったりとかしないのか?」

ロイが言いたいことが判ったのだろう。オルスは小さく笑った。

「もう家族のようなものだからな」
「なるほど」
「どういう場面を見ても、特に何も思わないな」
「み、見たことあるのか?」
「聞くな!!」

突然、頭を殴られ、振り返ると、エルザークが赤い顔をして立っていた。どうやら途中から話を聞かれたらしい。
冷静そうな見た目によらず喧嘩っ早い性格のようだ。

「オルス、お前も余計なことを話してんじゃねえっ」

アーノルドは、あーあと言いたげな顔をしている。元凶のオルスはというと、エルザークに怒られているにも関わらず、相変わらずの笑顔だ。この男が一番よく判らないかもしれないと思うロイである。

「見えてきたぞ、あれがラーチ砦とサニーヤ湖だ」
「街がある…」
「あぁ、街ごとラーチ砦と言われているが、実際は城塞都市に近いんだ」

白い万年雪を被った山々を背景に青銀色の湖が広がる。その湖畔に町並みが広がっている。
幻想的で美しい光景だが、その光景に緊張感を与えているのが、街を覆いこむように広がる城壁だ。頑強な城壁は二重に作られており、ここが戦いのための地であることをロイに思い出させる。

水のある土地は暮らしやすい。生活用水をまかなえる上、水に棲まう生き物たちから食糧資源も確保できるからだ。
サニーヤ湖畔には昔から人が暮らしていた。その人々を守るために砦が出来たのだ。
今は大国との戦いの最前線の場ということで砦の名の方が有名になってしまったが、遠く過去をたどれば、ここは生活のための土地だったのだ。

「ここも綺麗な地だが、ゼラーネはもっと美しい街だぞ」
「ゼラーネって言うと北方一の都って名高いとこか。サンダルス公爵家のお膝元の。あそこにも行ったことがあるのか?」
「あぁ。あの地も湖の湖畔にあるが、ここほど戦火に晒されていないから、綺麗に整備されていて大変美しい。特に計算されて張り巡らされた水路は見事だ」
「へえ…」
「水路は非常時の避難にも使えるように作られている。いざというとき、住民は小舟に乗って水路を通り、湖に逃げ出せる。普段は、住民の生活を支え、いざというときは住民を守れるようにとサンダルス公爵家が作った水路なんだ」

話を聞きつつ、ずいぶん詳しいなとロイは思った。アーノルドを見ると、特に驚いた様子はないから、元から知っているのだろう。
この三人は知識が豊富だ。特にオルスとエルザークは頭がいいようだ。時折交わされる会話を聞いていてもそれが判る。

町に入ると、エルザークが思い出したようにロイを振り返った。

「あぁそうだ、食べ物に気をつけろよ、ロイ。むやみに頼んだりせず、慣れるまでは俺たちに注文を任せておけ」
「どういうことだ?」
「この土地の名物料理が虫でな。味はいいが、何しろ虫だ。慣れないうちは食えないと思うから、虫が入ってない料理を頼んでやる。だから任せておけ」
「虫!?」
「この辺りは耕作できる土地が少ない。放牧に適した土地でもない。虫はとにかく養殖しやすい。一気に増やせる上、産卵期間が短いからな。産む、育てる、出荷の回転率が大変いいというわけだ」
「それにしたって虫かよ!?」
「味も栄養もいいんだ。問題は見た目だけだ」
「からあげは特に美味しいッスよ!つまみにぴったりッス」

ほら、あれです、と教えられた先に一件の露天商がいた。
携帯式のかまどの上に鍋を置いた男が、何かを揚げている。
親指ぐらいの大きさのそれは確かに虫だった。見た目はどう見てもバッタだ。

「一口サイズで食べやすいし、かりかりしてて美味しいし、栄養もそれなりなんですよ」

なるほど、掲げられた値段は確かに安い。菓子として気軽に食べられる値段だ。

「あれも食うのか?」

視界の先には二件目の露天商がいた。複数の足をワサワサさせた虫や蛇にしか思えないものが山ほど入った籠が置かれている。そこは、そういった虫や生物を複数扱う店らしい。

「はい。意外とさっぱり味で美味しいッス」
「あんた食えるのか!?」
「食えますよ。戦場で材料なんて考える余裕ないッス」
「まぁ、腹が減っていたら何でもごちそうだからな」
「さすがに生では食わないが」

まあそういうわけだから、最初は俺たちに注文を任せておけ、と言われ、ロイは素直に頷いた。生きたものを見た後では到底食べれる気がしなかったからである。