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◆聖マイティスの半身(5)


数日後のことである。
第二王子ウォーレンは、自室で友人を迎えていた。

次期国王となる立場にある第二王子ウォーレンは、二十代後半で平均的な体格の男性である。
金髪碧眼で容姿的も特によくもなく、悪くもなく、性格は温厚で大人しいと評されることもある。
そんな彼は、近衛第三軍将軍リーガと友人関係にある。
リーガは、肩で切りそろえた白い髪に緑の瞳を持つ、人形のように容姿の良い青年だ。
背は170cm前後と軍人としては小柄なこともあり、大柄な男が多い軍では非常に良くモテる。当然、抱く対象としてモテる。
ところが、当人の志向は正反対で、そういった大柄な男を抱くのが好きなのだ。

「確かに私は軍人だ。腕の良い傭兵に知り合いもいる。だが、君が言うような傭兵には心当たりはないな」
「確かなのかい?」
「そもそも最近は傭兵を雇うような戦いがなかったしね。それにそんないい男だったら、忘れようがないよ」
「確かに君好みの男だったが……そういえばディ・オン将軍はどうだったんだい?君、結構好みだと言ってたじゃないか」

長身でよく鍛えられた体格を持つディ・オンは、近衛第四軍の将軍である。彼はリーガの好みの範疇に入っていた。

「それが彼、副将軍のカイルと付き合っているらしいんだ。全然そんな感じなかったのに、いつから付き合っているのか。ともかく残念だよ」
「ずいぶんあっさりと諦めるんだね」
「職場恋愛はやりづらいからね。できれば軍人以外の人がいいと思っているんだ」
「なるほど」

リーガは西の貴族出身で、三大貴族ほどではないが、力ある家の生まれだ。
長男である彼は、後を継ぐことを求められていた。それを振り切って、軍人となった。
当然ながら並々ならぬ苦労があったが、今は近衛将軍の一人にまで上り詰めた。
意地もここまで貫き通したら見事と父に言わせたぐらいだ。

本音を言えば、士官学校だけで止めることも出来た。最初は貴族以外の世界を見たかっただけだったのだ。ちょうど士官学校には見聞を広めるためにウォーレンたちも入学していたので、『王太子様と過ごすため』という理由付けができたのも好都合だった。
しかし、思いの外、軍人という世界はリーガの性にあった。周囲は体格のいい男だらけで、リーガの好みだらけだ。しかも彼らは人形のような見目のリーガを大切に扱ってくれる。貴族らしく高飛車な性格のリーガにはそれも心地よかった。
どうせ目指すなら上を、とことん上を。
プライドの高いリーガは実力主義の世界である軍が居心地がよかった。
同じ貴族出身の第五軍のアルディンが順当に出世していることにもプライドを刺激され、努力し続けた結果、今がある。


「しかし、君も大胆なことをする。オラーヌ家とバミーユ家はどちらも名門一族だ。あの二家を粛正するとは」
「以前から腐敗の兆候はあった。腐敗したまま、代替わりして、私の代にまで持ち込まれては面倒だからね。まだ父王が健在な今のうちにやった方が楽だ」
「君が楽なんだろう?」
「むろん。手を抜けるところは抜いておきたい」

そこへ窓からノックオンが響いた。
近づこうとするウォーレンを制し、窓に近づいたのはリーガだ。しっかりと片手に剣を握りつつ、慎重に窓を開ける。そこには背に筒を背負った黒い小竜がいた。

「ウォーレン、これが雇った傭兵の伝言役かい?」
「あぁ、鳥だと思っていたが、蜥蜴が来るとは思わなかった。そういえば、彼らは鳥と断言してはいなかったな」

小竜は無言だ。しかし、背負った筒を自力で外すとリーガに差し出すという器用な芸を見せた。

「賢い子だ。うちにも一匹欲しいな」

リーガは筒に入っていた書類をウォーレンに差し出し、その背後に回った。そのまま一緒に書類をのぞき込む。内容は精密で詳細にわたって書かれていた。
内容も文句なしなら、達筆な上、文書の書き方もパーフェクトだ。この読みやすさは、学のない者が多い傭兵が書いたとは思えない。まるで軍内部の書類の手本を見ているかのようだ。
リーガは唸った。

「素晴らしい」
「あぁ、見事だ。ここまで詳細に調べ上げてあれば文句なしだ。これは報酬をはずまねばならないな」
「そうだね。そういえば、名はなんと言ったっけ。オルスと…?」
「オルスとエルザークと名乗っていたよ」
「オルスとエルザーク」
「オルスと名乗った方が見事な黒い盾を持っていたな」
「覚えておこう」

リーガはウォーレンの代理で返信を書くと、手紙に金貨を一枚忍ばせて、筒を小竜に渡した。今回はただの情報収集だが、それで金貨の報酬となると破格の額だ。
小竜は金貨入りの筒を受け取ると、やはり自力で筒を背負い、夜空へ飛び立っていった。


++++++++++


宿で小竜が持ち帰った筒を受け取ったオルスは、中に入っていた手紙を見て、顔を綻ばせた。

「リーガの字だ」

オルスが報酬として入っていた金貨を卓上に置くと、残る三人は目を見開いた。

「マジかよ!」
「これが報酬ですか?すごいッスねえ」
「いや、あんまりだろ。おい、オルス。返金した方がよくないか?」

オルスは懐かしそうに手紙を眺めた後、チラリと金貨を見つめた。

「妥当な額じゃないか?」

怪訝そうな顔になった三人にオルスは静かに笑んだ。

「情報料としてではなく、『殿下の代理として働いた者』への報酬としては妥当だと思う」
「なるほど、そっちか」
「文面がリーガの字ということは報酬額を決めたのもリーガだろう」

オルスから手紙を受け取ったエルザークは眉を寄せた。

「連絡先を教えてほしいと書いてあるな。今後、依頼をくださることがあるのかもしれない」
「通常は酒場が仲介ッスよねえ。おっちゃんに頼みますー?」
「おっちゃん?」
「元騎士のアキレウスのおっちゃんが開いている酒場ッス」
「あぁアキレウス殿か。それはいいな。彼なら信頼できる。頼んでおくか」

アキレウスは元ディンガル騎士だ。現在は王都で小さな酒場を開いている。エルザークたちが正規の騎士になった頃には引退していたが、士官学校時代に世話になったことがあるのだ。
伝言役は、手間賃としてチップがもらえるので、どの酒場も気軽に引き受けてくれる。

翌日、両替商で金貨は銀貨に両替され、五等分にされた。
報酬は山分けという傭兵の慣習に従い、四人+一匹で分けたのである。

「うーむ、使わぬ金を持ち歩くのも複雑じゃのう」
「歴史家殿には、建物に侵入する際の目くらましや殿下への伝達などを行っていただいた。報酬があるのは当然だ」
「気持ちはありがたいが、人の子の金など使う機会がないからのぅ」
「では、貯金なさるか?むろん、預け先は人間となってしまうが」

この世界でもっとも大きな両替商を運営しているのは、商人ギルドだ。そして商人ギルドの両替商は金の預け入れもできる。預けた額に応じて、引き出す時に手数料を取られる仕組みだが、大金を家に置いておくよりも安心できるという理由で預ける人は多い。

「そんなところに預けてものぅ。そのうち、しっぽの修理費としてドゥルーガにくれてやるか。とりあえずお主が預かっておいてくれ」
「判った」

オルスは小竜の分け前を己の荷物に入れた。
小竜と別の意味で複雑そうなのはロイだ。

「俺、今回は、ほとんど何もしてねえんだが」
「いいからもらっておけ」
「そうそう。考えてたらきりがないッスよ」
「さて、西と南の名門貴族が粛正される。我々には特に問題はないと思うが、念のため、ほとぼりが冷めるまで他の地に行くか」

いずれにせよ、武器代を稼がねばならないため、戦場に行かねばならない。
オルスの意見に他のメンバーは頷いた。