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◆聖マイティスの半身(4)


一方、アーノルドはサンドイッチ片手に先輩たちの話を聞いていた。
やせの大食らいであるアーノルドは食事中にあまり喋らない。食べることに専念していることが多いのだ。
人並みには食べるが、アーノルドほどの量をとらないエルザークとオルスは、アーノルドが平らげるまで、食後のコーヒーを飲みつつ雑談していることが多い。これが三人のいつものパターンなのだ。
今日はそれに加えて、ロイに今後のことなどを説明している。
その会話を聞きつつ、何気なく、通りを見ていたアーノルドは視界に見覚えある人物を見つけた。記憶にあるよりも若い姿だが、見間違えるほど変化があるわけではない。その人物は途中で右折し、アーノルドの視界から消えていった。

「……あれ…殿下だ…」
「は?なんだって?」
「ウォーレン様らしき方がさっき通っていかれましたよ」

エルザークが顔を引きつらせ、オルスもさすがに驚きに目を丸くしている。
ウォーレンは世継ぎの王子だ。
三人は元世界ではウォーレンと仲が良かった。特にオルスはリーガと共に、友人といっていいほど親しかったのだ。
ウォーレンは呑気で大らかな性格をしている。性格だけならオルスに似ているが、彼はオルスと違って、戦闘能力が皆無に近い。暴漢などに襲われればどうしようもないのだ。

「ここを!?人数は?」
「お一人でした」
「今か!?どちらの方向だ?」
「さきほど、あの角を右折して行かれました」
「アーノルド、食い終わったら会計して追ってこい!ロイはここにいろ!」

ぽいっと渡された財布を受け取り、アーノルドは走り去っていった二人の先輩を見送った。

「追わなくても大丈夫か?」
「全然問題ないッスよ。俺は運命の相手だから、先輩がいる方角が分かるッス」
「ウォーレン様ってことは王太子様だろ。あんたら、なんで王子の顔を知ってるんだ?」

一般人が王族の顔を知る機会は滅多にない。この大国では王族と一般人がふれあう機会はほとんどないのだ。そのため、出回っている絵画などからこういう人たちなんだ、と知る程度に過ぎない。しかし、一般人が手に取れるような絵画は、複製のそのまた複製といった品であり、劣悪品も多い。
そのため、一般人が実際に会って、すぐに王族だと判ることはあり得ないのだ。

「会ったことがあるんで。まぁ、俺たちは殿下の敵ではないッスよ」


++++++++++


第二王子を追ったエルザーク達は、幸い、すぐにウォーレンに追いつくことができた。
アーノルドの目は正しく、間違いなくウォーレンであった。

「殿下」

驚かせないようにと、できるだけ静かに声をかけたオルスに、ウォーレンはパッと振り返った。

「見ぬ顔だな」

やや警戒した声で問われ、オルスは少し躊躇った後、答えた。

「…リーガの知人です。殿下、すぐに王宮へお戻りを。こちらは危険です」

親しい友の名にウォーレンは安堵の表情を見せ、ちらりと狭い路地を見つめた。

「調べたいことがある。今やらねばならないことがあるんだ」
「……西ですか、それとも南ですか?」

オルスの問いにウォーレンは目を丸くした。

「驚いたな、そこまで察しがついているのか。それもリーガからか?」
「いえ……私自身の予想ですが、殿下、これから先は我々が調べます。その調査結果を殿下にお渡しします。我々が信頼できないとおっしゃられるのであれば仕方がありませんが、どうか我々にお任せいただけませんか?」

ウォーレンは苦笑した。

「ここまで知られていて、意地を張っても意味はあるまい。任せよう。正直、自力では限界を感じていたところだった」
「ありがとうございます」
「そなた、名は?」
「オルス、と。連れはエルザークといいます。殿下、連絡は黒くて小さな生き物を放ちますので、それが来たら、受け取ってやってください」
「あぁ、鳥か。判った」
「では、王宮付近までお送りします」
「不要といっても無駄なのだろうな。では頼む」
「「御意」」


++++++++++


王宮の入り口まで送った後、オルスは、この時期に殿下が行われた粛正に心当たりがあるのだ、とエルザークへ告げた。
ただ、自分自身で動いて調べていらっしゃったとは思わなかった、という。

「自力で城下へ出られるなど危険なことをなさる…」
「あの方は見た目よりずっと気が強く、行動力があられる。血筋の関係で、生まれた時からこの国の王となられることが判っていた。幼き頃から大国の王となるべく教育されてきた方だ。実際、俺たちがいなくても、粛正を成功されている」
「そうだな、だが今回はリーガ様が軍人だぞ。城内であの方の味方がいらっしゃるのかどうか。
今回は、俺たちが協力しねえとな。あの方ご自身で動かれるより俺たちが動いた方が安全なのは確かだ」
「あぁ」