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◆聖マイティスの半身(3)


翌日、ドゥルーガはグィンザルドから依頼を受けた一行をこっそりと見に行った。
概ね、グィンザルドから聞いた話どおりだったが、ドゥルーガは眉を寄せた。
四人のうちの一人、ほとんどグィンザルドから話を聞けなかった一名に不満があったためである。

(どう考えてもアレは戦士として未熟だろう。スティールより多少マシという程度の腕の持ち主にしか見えねえぞ。俺のスティールの方が印の関係で将来有望なぐらいだ。
アレにも武具を作れっていうのか?)

実際はオルスとアーノルドの武具のみを依頼したエルザークたちだったが、グィンザルドの誤解のためにロイの武具まで依頼されているのである。
そんな事情を知らないドゥルーガは、ロイの武具に悩んだ。
本来、ドゥルーガはある程度完成された腕の持ち主にしか武具を作らない。相手の腕に合わせて武具を作るために、発展途上の腕の主に武具を作れば、発展途上の未熟な武具しか作ってやれないためだ。
他の二名には不満はない。グィンザルドが話していた通り、文句なしの腕の持ち主のようだ。

(仕方ない。あの未熟者には防具を作ってやるか…)

依頼内容は武器とのことだったが、残る三名の実力を考えれば、足手まといにならぬように防具を作ってやった方がよさそうだ。
グィンザルドには依頼内容と違うと文句を言われるかも知れないが、武器を作る気になれない。防具を作ってやるだけマシだ。いつもだったら無視しているところだ。

ドゥルーガはもっとも長身の男を見た。
グィンザルドの盾を持っている大柄な男はパン屋の前で、賑やかにパンを選ぶ一行を穏やかな表情で見守っている。

(あれが覇王印の男か)

覇王印とは印の種類ではなく、形状だ。特定の形をしている印のことをいう。
そのため、炎であれ、風であれ、覇王印は存在する。
ただし、出現は少なく、100年に一人か二人、生まれるか生まれないかだ。そして出現が知られることなく、持ち主が死んでしまうことも珍しくない。現在では、ほとんど知られていない印だからだ。
そしてこの印は、特別な技などを使えるわけではない。持ち主の運命を示す印なのだ。

(なるほど、善王の象徴のような男だな。王家に生まれれば間違いなく善政を敷き、世に名を残す王となっただろう)

覇王印を持つ者には特徴がある。

時代の変わり目に生まれた覇王印の場合は、暴君とも言えるような勢いを持ち、老い衰えた国を滅ぼし、生気に満ちた国を生み出すことが多い。

死にかけた国に生まれ、人を支配していき、その人々の助けを借りながら、国を生まれ変わらせる、そんな覇王印の持ち主もいる。

今回の覇王印の持ち主はそのどちらでもなさそうだ。
ごく自然体で、人を支配する気がなく、しかしながら、周囲が自然と彼に従ってしまう。そんな気を発している男。人の上に立つことが自然であるような雰囲気がある男だ。
その気があろうとなかろうと、人の上に立つことができる、ある意味、覇王印らしい覇王印の持ち主とも言える。

(さすがは生まれながらの王となる印を持つ男だな)

しかも印の種類は土だという。
覇王印はどんな印の種類でも生まれるが、土の覇王印がもっとも安定した力を持つと言われている。

(覇王印の名は、別名、魅了印だ。人を惹き付け、あいつについていこうと思わせる印。人を支配し、人の上に立つ者の印だ)

覇王印の持ち主が歴史に現れた時、世界は荒れると言われている。
世界が新たな王を求めるから、覇王印の持ち主は生まれるのだと言われている。

(さて、あの男はどんな生を歩むのやら。ヤツにかせられた運命が、前の世界だけでなく、この世界でもかせられているのであれば、この世界は荒れる。
願わくは、俺のスティールがその運命に巻き込まれないよう祈るばかりだ)

ドゥルーガは嬉しそうにパンを食べ始めた黒髪の青年に視点を移した。
そして顔をしかめる。

(あれほどの印を持って生まれたのであれば、けして良き人生ではなかったはずだ。しかし、笑顔を絶やさずにいられるか……強いな)

『半身』とは、別名を『半神』という。神々の寵愛を受けし者、神々の愛し子、神の子という意味で、そう言われるようになった。
神々の愛し子にも様々なパターンがある。一番有名なのは闇の印の持ち主だろう。彼らは総じて『聖ガルヴァナ神の愛し子』と言われる。
しかし、『半身』は聖ガルヴァナ神の愛し子とは全く別物だ。印を持つ者すべてが聖ガルヴァナ神の愛し子と呼ばれる闇の印と違い、『半身』は明らかなる特徴を持って生まれる。
印は、神々の御印と呼ばれる『聖印』の形状を持ち、内側から輝くような光を内包する色を持つ。
性格は、総じて純粋無垢で、幼子のような純粋さを死ぬまで持ち続ける。
そして、邪霊のような負に汚れしものを寄せ付けず、聖具に愛される。聖なる品や武具に愛される存在なのだ。実際のところ、ドゥルーガも例外ではない。イヤだイヤだと言いながらも、無視しきれずにいるのは、本能のようなものなのだ。

(だが半身は長く生きられない)

半身は総じて短命だ。むろん、例外もあるがほんのわずかだ。
神々は愛し子をすぐに奪い返してしまう。寿命を全うできた半身はほとんどいないのが現状だ。

(せめて命珠があれば何とかしてやれるんだが、あれはこの時代の品ではないからな…)

ドゥルーガの視界で、四人はオープンテラスとなっている席に着き、食事を取っている。
基本がパンを扱っている店のため、テーブルの上に並んでいるものもパン類が中心だ。

(スティールがデート先を探していたな、今度この店を教えてやるか)

そんなことを思いつつ、ドゥルーガは屋根の上から飛び立った。