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◆聖マイティスの半身(2)


グィンザルドは、七竜の中では年長の方である。
同じく年長にあたる紫竜ドゥルーガとは、仲が悪くもなく、良くもない。
元々、七竜と呼ばれる彼らは、お互いに対してあまり関心がない。そのため、彼らの関係は希薄だ。何百年会わずとも気にしないし、利害が一致すれば協力し、使い手同士が敵対すれば殺し合いもする。そんな素っ気ない関係である。

グィンザルドは使い手の三人組の依頼を受け、王都でドゥルーガに会った。
現在、使い手のスティールが士官学校生だというドゥルーガとは夜間に会った。場所は士官学校の寮の屋根の上である。
小鳥のように小さな二匹の竜は、夜中ということもあり、闇夜に紛れ、人目につかずに済んだ。
紫竜ドゥルーガは黒竜グィンザルドと再会の挨拶を交わした後、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「お前、その尾はどうした?焦げちまってるじゃねえか」
「不慮の事故があっての。合成印技の直撃を食らってしもうた」
「なさけねえ…避けろよ、それぐらい」

紫竜ドゥルーガは小さな手でグィンザルドの尾を掴むと状態を調べ始めた。

「こらこら、私が来たのは修復のためではない。ちゃんとした用があってだな…」
「お前、しっぽを焦がしたままにしておくつもりか?」
「いや、それはむろん、そういうわけではないのだがのぅ」
「俺にまかせろ。完璧なしっぽに戻してやる」
「うむ、頼む」
「おう」

しばし、沈黙が流れる。
数秒後、グィンザルドは我に返った。

「いや、そうではない!実はのぅ…」

グィンザルドは三人との出会いから話し始めた。
ドゥルーガは尾を直しつつ、その話を聞いた。

「……界を超えてやってきた存在か。まぁそんなことはどうでもいい」
「どうでもよくはないぞ、異例の存在ではないか!………相変わらず、鍛冶になれば他が目に入らなくなるのう、お主」
「フン。だったら素直に吐け。何を隠してやがる」
「うん?」
「そもそも、そいつらが界を超えようが超えまいが、どうでもいい。問題はそこじゃないだろ?何を隠している、グィンザルド?」

グィンザルドは『さすがだな』と心の中で呟いた。
同族の中でもっとも頭の回転が早いのがドゥルーガだ。彼は物事の本質を見間違えることがない。

「判るか」
「当然だ。今まで使い手を持たず、傍観者であることを徹していたお前がいきなり人間に同行すると言い出してるんだ。それなりの理由があることぐらい判る」
「さすがだのぅ。……四人の中に覇王印の持ち主がいる」
「!!!」
「その上、四人中三人が特殊印の持ち主だ。一人は間違いなく聖マイティス神の愛し子だろう。光を内包し、背全体を覆うような巨大な聖印を持っている」

ドゥルーガは顔をしかめた。

「『半身』か。それほど大きな印じゃ体に負担がかからないわけがない。どうやって抑えてるんだ?」
「三人目の男がそやつの相印の相手で聖グレンディス神の聖印の形をした地の印を持っておる。土と炎の相印じゃから、抑えられているというわけじゃ」
「風の神の聖印の形をした地の印だと…?」
「いつものように風の神が施した悪戯じゃろう。気まぐれな風の神らしい悪戯じゃ」

炎のマイティスと風のグレンディス神は兄妹神だと言われている。
そして地の神であるペイランがグレンディスの夫だ。

「めちゃくちゃだな」
「まぁそう言うな。ともかく私としてはそやつらに武器を作ってほしい。それだけじゃ。武術の腕は保証する。人間の中でも、飛び抜けていい腕を持っておるぞ」
「まぁ前歴が将軍職についていたのなら、腕もいいだろうよ。作るのはいいが、そのマイティス神の『半身』には気が進まねえな。死ぬと判っているヤツに作るのは無駄だ」
「滅多なことを言うでない、ドゥルーガ」
「事実だ。それほどの印をもっている『半身』ならば、長く生きれるわけがない。
それでなくとも神々の寵愛を受けし愛し子は、短命だ。神々が与えし試練という名の運命に飲み込まれて死んでしまう。神々の寵愛が深ければ深いほど、神々の手元に早く戻されてしまう。皮肉屋な運命の神々がもっとも皮肉な運命を描くのが『半身』だ。『半身』には関わらない方がいい。ろくなことにならねえからな」
「ふむ。同感だ。
しかし、ドゥルーガ。お主は生きるために必死に足掻く人の子を愚かだと思うか?」
「……」
「お主のように、神々の愛し子には関わらずにいる方が利口な選択なのであろうよ。私も今まではずっとそうしておった。騒がしいのは好きでないしの。
じゃが、巻き込まれてしもうた。そしてその選択を選んだのは私自身じゃ。
のぅ、ドゥルーガ。お主はあまりにも短い寿命を生きる人の子の生き様は嫌いか?」
「……人間が嫌いだったら使い手を選んでねえよ」

ドゥルーガはため息を吐いた。
とても長い時間を存在するドゥルーガたちにとって、100年足らずの寿命の人間はあまりにも短い時間を生きる存在だ。
長く時を生きると短い時間で国が生まれては滅んでいく歴史を見続けることになる。
そして、人の愚かさや醜さを何度も目の当たりにしてうんざりすることになる。
人間と関わらぬようにしている同族がいるが、その気持ちもまた判るのだ。人の子はあまりにも騒々しく、愚かで醜い生き物だ。自己満足のために罪を犯して死んでいく。
それでもドゥルーガが人間と関わりを辞めないのは、その中にも貴重な何かがあると知っているからだ。いつも使い手の人間たちはドゥルーガの心に温かなものを残してくれる。その暖かな気持ちが、ドゥルーガが長い時を生きる粮となってくれるのだ。

「『半身』は守らねばならない。武具を作るのは、四人中三人でいいんだな?」
「うむ。一人は前の世界から持ち込めたという弓を持っておるからのぅ」
「いいだろう。ただし、代金はもらうぞ。せいぜいしっかり稼ぐよう言っておけ」
「うむ。判った。伝えよう」

同意を得て安堵したグィンザルドは、飛び立とうとした瞬間、尾を掴まれて落下した。

「何をする、ドゥルーガ!」
「そいつはこっちの台詞だ。しっぽの修理を終えずに行くつもりかテメエは」

結局、修理のため、朝方近くまで解放されないグィンザルドであった。