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◆ディンガルの黄金獣(12)


「ディンガルには一時的に来てるのか?」

彼らには事情があるらしい。しかしその事情は一時的な事情のようだ。ならばその用件が済んだら、この地方を離れるのだろうか。だから傭兵団には入らないのだろうか。
ロイはそう思って問うた。

「ええとー…」
「いや、今のところ、他に移る予定はない。当分はここで稼ぐつもりだ」

エルザークが確認するようにオルスを見つつ答える。オルスは頷いた。

「あぁ。当分はここだ」
「んじゃ傭兵団に入った方が都合が良くないか?強いるつもりはねえが、入った方がいろいろと便利だぜ」
「ロイは入っているのか?」

オルスの問いにロイは苦笑した。

「いや、入りたいがまだ新米だからな、俺は。どこにも入れねえんだ。紹介してくれる知り合いもいねえしな」

食事の皿を空にし、エルザークの分まで貰って食べているアーノルドが首をかしげる。

「傭兵団に入りたいんスか?どんな風に便利なんです?」

年上にも関わらず敬語を使ってくるアーノルドに居心地の悪さを感じつつ、ロイは答えた。

「そりゃ診療所の治療費が安くなったり、宿代やメシ代が安くなる店もあるし、難しい作戦の時は傭兵団で隊を組むから戦いやすく死ににくくなるし、うまい仕事の情報も入ってくる。傭兵なんてのは命あっての商売だし、少しでも安全に戦える方がいいだろ。それに傭兵団じゃちょっとした手当もあるんで、デカイ怪我をしてしばらく戦えなくなっても、治るまで食わせてもらえたりするぜ」

だから出来ることなら入りたいのだとロイが説明すると三人は納得顔だった。さほど驚いていないところを見ると傭兵のことを全く知らないというわけではないらしい。

(ホントに変な奴らだな。傭兵初心者みたいな質問してくるかと思えば、知っていたような顔をしてるし。化け物じみた強さのくせにそれが当たり前みたいな顔してるし。何より傭兵っぽい雰囲気がねえし。何なんだこいつら)

「いろいろなものが安くなるってのはいいッスね」
「入る気になったか?」
「まさか」

アーノルドはあっさりと否定し、凄みある笑みを浮かべた。笑んではいるが目は笑っていない。

「今の俺は隊を組む必要がないッス」

集団で戦う利点が己には不要だと言い切っているのだ。
明るく脳天気そうな青年の思わぬ一面を見て、ロイはゾクリと背を振るわせた。

(戦場慣れしてるんだな…)

人は見た目に寄らないというが目の前の青年はその典型的な人物なのだろう。

「あ、先輩は例外ッスよ。いや、足手まといなのは確かですけど変な場所でうっかり死なれちゃ困るんでむしろ一緒にいてください。主にオルス先輩のところに」
「は?」
「そうだな、オルス頼んだぞ」
「うむ」

勝手に結論を出され、ロイは慌てた。なぜそんな話になっているのか。

「いや、俺はあんたらと一緒に行動するなんて言ってないんだが」
「そうッス?でも先輩、弱いですよね」

グサッと来ることを言われ、ロイは顔を引きつらせた。
事実は事実だが、足手まといだの弱いだの連呼されるとさすがに怒りが湧いてくる。

「悪かったな!!大体あんたらの方が強すぎるんだよ!将軍職じゃあるまいし、傭兵がおまえらみたいに誰もが強いと思うなよ!!」

あー、と何かに気付いたような顔をしたアーノルドは短い黒髪を掻きつつ、ロイを見つめた。

「まぁ確かに俺らは強いかもしれないッスけど、戦場じゃ強い者が勝ちッスよ。俺らが強いことと先輩が弱いことは関係ないッス」
「…っ」
「俺、先輩に借りがあるッス」
「…俺に?」
「先輩が知らない借りッス。記憶を掘り起こしても出てこないと思うんスけど、俺は先輩に借りがある。だから助ける。そういうことなんで、納得がいかなくても俺らに守られていてほしいッス」

驚くロイに対し、オルスとエルザークも頷いている。

「借り…?わからねえ」
「そうだろう。だがそういうことなんで新米傭兵から普通の傭兵になるぐらいまでは同行させてほしい。ずっととは俺らも言わねえ。ロイが一人でも十分戦える腕になったら解放させてもらう」

エルザークに言われると反論が出来ず、ロイは黙り込んだ。
悪い話ではない。とんでもなく強い三名が一緒に戦ってくれるというのだから安心して戦場にでれるようになる。
しかし、プライドが邪魔をするのも事実で、素直にうなづくことができない。
ロイが返答に迷っている間に、妙に光るものが近づいてきた。
あっと驚くまもなく、悲鳴が上がる。

「うわーーーーっ!!」

アーノルドに覆い被さるように飛びかかってきたのは光り輝く巨大な虎のような獣であった。しかし普通の生き物ではないのが明らかなことに燃える炎と光で出来たような巨大な獣だ。その獣は紅い瞳を生き生きと輝かせてアーノルドに覆い被さると、ゴロゴロとすり寄っている。

「ガルダンディーア!!」

ディンガル騎士団の秘宝と言われる意思を持った武具の一つだ。
普段は彫像のような姿で動かないが、使い手数人分の気を食らって動き出すと言われている。
騎士団以外の者には使いこなせないため、ディンガルの守り神とも秘宝とも言われ、滅多に目にすることができないことでも有名だ。

「誰だ解放しっぱなしにしてるのは!!」
「ちょ、どうにかしてほしいッスー」
「ガルダンディーア、離れよ」

オルスの言葉にガルダンディーアはしぶしぶといった様子で反応し、覆い被っていたアーノルドから離れた。
しかし騎士団の方へ帰っていこうとはせず、構って欲しい犬のように側に待機している。
そこへ騎士たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。
ロイが見る限り、隊長位にある騎士たちだ。秘宝が暴走したとか迷惑をかけて申し訳ないといった謝罪をしつつ、ガルダンディーアを連れ戻そうとしている。

「ガルダンディーア、戻れ!」
「ガルダンディーア!!」

しかし、ガルダンディーアは全く動こうとしなかった。
元より、光と炎の塊のような秘宝だ。縄で縛ったり、捕らえて引きずったりできるような存在ではない。彫像状態ならともかく、気を食らって解放されている状態では使い手以外の言うことを聞かないのだ。そして、今はその使い手にすら制御できていない状態なのか、隊長クラスの騎士たちのいうことを聞こうとしなかった。

その様子を見かねたのか、苦笑したオルスが口を開いた。

「腹が減っているのだろう。アーノルド、食わせてやれ」
「はいっ」

ガルダンディーアの額に手を当てたアーノルドから巨大な印の気が膨れあがる。
その気を吸収したガルダンディーアは嬉しそうに喉を鳴らした。

「馬鹿な…何故ディンガル騎士以外の者に触れられるんだ!?」

驚く騎士たちの前でオルスがガルダンディーアを見据えて告げた。

「天の頂の壮健なる父に、地の懐に愛を抱きし母へ。其の愛し子を与えてくれし神々へ大いなる感謝を。空と地の偉大なる光炎の獣よ、父母の元へ戻れ」

オルスの言葉に反応したかのようにガルダンディーアは彫像の姿へ戻った。

「何故、ガルダンディーアの言祝ぎを知っているんだ!!??それは将軍しか使えぬ重要なものだ!!」

騎士らの叫びにオルスは苦笑し、エルザークはしかめ面になった。

「こいつを暴走させられて迷惑しているのはこっちだ。とっとと連れ戻せ。俺たちに文句を言う前に秘宝の管理をしっかりしやがれ。飢えて逃げ出されるなんてしゃれにならねえことしてんじゃねえ」
「そ、それは…」
「最低でも三身一体、基本は五身一体で操る秘宝を何人で操ったか知らねえが、まともに使いきれねえなら使うんじゃねえ。そんなに安い秘宝じゃねえだろうが、こいつは。
こいつを使う時は全部食らわせてやるぐらいの覚悟で使いやがれ。ディンガルの神々に失礼だろうが」

エルザークの言葉に騎士たちは悔しげに黙り込む。
その沈黙を破ったのはオルスであった。

「秘宝の有り様を考えるのはそなたらではないだろう。だがエルザークの言葉通りでもある。覚悟のないものに扱える秘宝ではない。
さぁガルダンディーアを連れていくがいい。
今は何故我々に使えるかではなく、そなたらが使えぬことの方に大いなる問題があるだろう」

人の上に立つ者として命じ慣れた声に騎士たちは自然と背を伸ばし、頭を下げて、何の反論もせず、ガンダンディーアを運んでいった。