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◆ディンガルの黄金獣(11)


ロイは動揺しまくっていた。
目の前の体格のよい男はロイを引きずるように引っ張り、後方まで戻ってきた。
周囲には生き延びた傭兵たち。その全員がさきほどの光景をみていたのだろう。ロイと男に投げる視線は驚愕と畏怖に満ちている。
無理もない。一介の傭兵には到底扱えぬ大技の連発だったからだ。

黒髪黒目のロイは容姿がいい。しかし今は戦場で血と埃に汚れて無惨なものだ。しかし容姿に構う余裕などなかった。

(何で?何でだ?何で俺なんかをあんな危険まで冒して…)

周囲の状況に気付かず、周りに合わせて退くことができなかったのはロイのミスだ。戦場のミスは命で償うもの。誰も若い一匹狼など助けてくれたりしない。無茶をすれば自分も死ぬことになるからだ。戦場はそんなシビアな世界なのだ。
しかし目の前の男はその危険を冒してくれた。初対面のロイのために。残る二名も同じだ。ロイのために突出して戦ってくれた。

(何で俺を…それに一体何者だ?)

印の技は様々だが、一般的に神々の名が入った技は高難易度を誇ると言われている。
緑の印の技で言えば『聖ガルヴァナの腕』だが代表的だが、炎の印の技の『聖マイティスの刃(グラザナード)』も同じく高難易度を誇る技だ。この技はそもそも発動すらできないものが多いという。とても燃費が悪い技で発動に力を使いすぎるからだ。

(だが易々と使ってた…)

そう、目の前の三人はそんな高難易度の技をロイの前で連発したのだ。
『聖マイティスの刃(グラザナード)』を始め、『聖ペイランの鎗(ロデ・ガルンダ)』、トドメは地神解印『地神裁門(メル・ペイラン)』だ。
これにはロイも唖然とした。二重に魔法陣を描き、術を挟み込んで中和する大技。印の二重発動に加えて、かかった技と同じ力を加えて中和する必要があるため、幻の技とも言われているほど難易度が高い技だ。まさか目にすることがあるとは思わなかった。

「大丈夫か?」

大柄な男に問われてロイはぎくしゃくと頷いた。

「…助かった。礼を言う。俺はロイだ。あんたは?」
「ん?…あぁ。俺はオルス、連れは黒髪の方がアーノルド、藍色の髪の方がエルザークだ。そのうち来るだろう」

その台詞通り、残る二人もしっかりと退却してきた。
藍色の髪のエルザークがちらりとロイを見る。

「怪我は?」

それにはオルスが答えた。

「大丈夫だ」
「そいつぁ良かった。……騎士じゃないようだな」
「…元騎士の卵だ。学校はやめた」

ロイの台詞に三名が顔を見合わせたことにロイは気付いた。
士官学校関係者だろうか。しかしロイに心当たりはない。
士官学校関係者が戦場に出ているというのもおかしな話だ。しかも騎士団側じゃなくて傭兵側にいるのだからあり得ないだろう。
ロイは思い浮かんだ可能性を自分で打ち消した。

「ふーん。まぁいろいろあったんでしょうね。あ、俺はアーノルドって言うッス。この人がエルザーク。よろしく、ロイ先輩」
「先輩?」

相手の方が年上だろうと思いつつ問うとアーノルドは気まずそうに頬を掻いた。

「あー、言葉のあやッスよ。俺、よく先輩って呼んじゃうんで気にしないで欲しいッス」

口癖みたいなものか、とロイは思った。間違いなく出会ったことがない相手だ。先輩呼ばわりされる覚えはない。

「今は傭兵やってるんスか?」
「あぁ。まだ新米だけどな」
「へー、いつから傭兵ッスー?」
「まだ半年経たないな」
「へえ。通りで弱いと思ったッス」

正直な感想にグサッと傷つきながら、ロイは相手を見た。
黒髪のバランスの良い体格をした男は無邪気な雰囲気ながら、恐ろしく強かった。しかも今は丸腰だ。けれど、あれだけの技を放てるのだ。丸腰でも相当に強いだろう。

「あんたらは強いな」

ため息混じりにロイは告げた。
嫉妬ではない。ここまで実力が違えば嫉妬する気にもなれない。
アーノルドはそうッスね、とあっさり頷いた。ただ事実を認めているという雰囲気で自慢げなところは全く見えない。それだけに嫌な気分にはならず、ロイは苦笑した。

(変な奴らだな)

上級印の持ち主は少ない。望んで得られるものではないので上級印に生まれつけば、軍では厚遇される。ゆえに上級印の持ち主で戦場に出る覚悟がある者は騎士になることが多い。騎士はエリート職だ。戦闘職で食べていくつもりであるならば騎士が一番有利なのだ。

一方、傭兵は何らかの事情で軍に入れなかった者がなる職業だ。誰にでもなれる職だが、それだけに完全実力主義というシビアな世界だ。ハッキリ言って目の前の三人ほどの実力がある者が選ぶ職とは到底思えない。これだけの実力があればどこへ行っても厚遇されることは間違いないからだ。
そこへ食事だと声がかかった。戦時中は傭兵にも後方支援部隊から食事が振る舞われるのだ。
早速、アーノルドが走り出したのを見つつ、エルザークたちもその後を追った。

シチューにカットしただけのパン、そしてお茶を受け取り、ロイはパンをシチューにつけつつ食べ始めた。シンプルだがここは戦場だ。贅沢を言える状態ではない。

(やっぱ注目浴びてるよな…俺だけ場違いだっての…)

アーノルドたちと一緒に車座になって食べているため、視線を浴びている。あれが、とかあの術は…という周囲のささやき声が耳に入ってくる。
一方のアーノルドたちは気にした様子がない。見られることに慣れている様子だ。
アーノルドは騎士たちがいるであろう隊の方角をちらちらと見ている。ディンガル騎士団が気になるようだ。

「うん、やっぱ来てるみたいッス。感じます」
「おかしな話だな。ガルダンディーアを出すほどの戦いでもないと思うが」
「それにあっちならともかく、こっちじゃ共鳴どころか触れてもいない。反応があるというのもおかしな話だな」
「でも確かッスよ」
「お前が嘘をつく理由もないから疑っちゃいねえよ」

周囲の目を意識しすぎていたため、ロイは三人の話をよく聞いていなかった。
注目を浴びる三人と共にいることは、はっきり言って居心地が悪かったが、三人は完全にロイを仲間だと思っているようだった。もしくは手放す気がないというべきか。食事を受け取るときにさりげなく離れようとしたが、腕をつかまれ、離してもらえなかった。あげくに死にたくなかったら側にいろと言われ、今に至っている。理由はわからないが、かばってもらえるらしい。

「お、おいっ」

そこへ声がかけられた。三人がいぶかしげに顔を上げる。
声をかけてきたのは三十歳前後に見える男であった。周囲が注意深く様子を伺っているのが見える。

「おい、お前ら強いな。傭兵団『冬の迅牙』に入らないか?」

周囲の傭兵たちに静かな緊張が走ったことにロイは気付いた。
ディンガルの二大傭兵団の片方が勧誘に動いた。
この三人は強い。
ずば抜けて強い三人がどちらかの傭兵団に入れば、確実に勢力が傾く。当然、もう片方の傭兵団にとっては思わしくない事態になることが明白だ。
状況によっては加勢しようと身構えている者。それを阻止しようとしかめ面でタイミングを計っている者。更には単なる野次馬など、周囲の傭兵たちは興味津々で三名の出方をうかがっている。
一方、誘われた三名はというと視線を見交わしあっただけだった。
思案するように視線を動かしたのはエルザーク。
スッと表情を消して黙り込んだのはアーノルド。
口を開いたのは、普段は三人の中で尤も口数が少ないオルスであった。

「今の代表者はどなたなんだ?」
「…リムガ殿だ!」

興味を持ってもらえたと思ったのか、相手の男の表情が明るくなる。
再び三名の視線が交わされる。

「ふむ…興味はあるが、我々は少々わけありでな。なさねばならぬことがある。それが終われば考えよう」
「なさねばならぬこととはなんだ?」
「…そうだな。恩人に借りを返さねばならない。大きな借りだ」
「仕える相手がいるのか?」
「そういうわけではない」
「なら残り二人だけでもいいぜ。どうだ?」

矛先がオルスから他の二名へ向かった。
やはりアーノルドは無言。口を開いたのはエルザークのみであった。

「あいにくだが、彼の結論は俺たちの結論でもある。誘ってくれたことは感謝する。ありがとう」

丁寧だがきっぱりとした拒絶に男は残念そうな顔をしつつ、そういうことなら、と去っていった。
その様子を見つつ、ロイは三人の中で主導権を握っているのがオルスであることに気付き、意外な思いを抱いた。
三人の中でもっとも目立つのはアーノルドだ。派手な攻撃技を持ち、いつでも明るく喋り動き回っているのでどうしても目がいく。そしてそのアーノルドを制しているのがエルザークだ。頭の切れもよさそうで、彼が三人の中で主導権を握っていると思っていたが違ったらしい。