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◆ディンガルの黄金獣(10)


ロイは経歴が浅い傭兵である。
元々はディンガルの士官学校の生徒だったが、素行不良で退学となった。そのために食べていくため、傭兵となった。
傭兵は報酬がいいが、それでも生活していけばそう無駄遣いは出来ない。
ロイは傭兵団に入っていない。入れなかったのだ。
ディンガルには二大傭兵団があるが、誰でもほいほいと入れるわけではない。誰かの紹介だったりそれなりの実力が必要となる。そしてロイはそのどちらも満たしていなかった。故に入れなかったのだ。
二大傭兵団以外にも小さな傭兵団はあるが、結局のところ、知り合いがいなくて、つてもないロイにはどこに入ることもできなかった。
傭兵団に属していないとなるとその恩恵も受けられない。傭兵団だと場所によっては安くなる宿泊費や食事代も、定額で払わねばならなくなる。戦闘時も有利な位置を確保できず、周囲の万全のフォローも期待できない。傭兵が傭兵団に属したがるのはそういった事情がある。

(別に一匹狼で生きていたいわけじゃねえんだけど…)

一匹狼を気取って生きて行くにはそれだけの覚悟と実力が必須となるのだ。そしてロイはそんな覚悟もなく、己の実力が足りぬ自覚があった。
年若く、容姿がそれなりにいいロイはそこそこ目立つ。そのため絡まれやすかった。体には生傷が絶えない。
口さがない傭兵たちにいろいろ噂されていることを知っていたが、ロイは無視していた。
煩わしかったのだ。
家庭環境に恵まれず、士官学校時代も嫌われっぱなしだったロイは人間関係に疲れていた。
あることないこと噂されていたロイは誰かの助力を期待したことがなかった。
そのため、戦場で絶体絶命に陥ったロイは死を覚悟した。


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その戦いはちょっとした小競り合いだった。
しかし仕掛けてきた敵が他国であったため、それなりの人員がかり出された。
実力試しにちょうどいいとエルザークら三人も気軽な気持ちで参戦した。
メインは当然ながらディンガル騎士団。
雇われた傭兵たちはその騎士団を補佐する形で配属された。気軽に稼げそうだということでそれなりの数の傭兵たちが参戦しているようだ。
二大傭兵団はそれぞれ隊を作り、自分たちなりに戦いやすいように工夫している。
将軍時代からの経験でそのことを知っているエルザークたちは隊の邪魔にならぬよう、やや前線に近い位置に場所を取った。

「首取れるかなー」
「この程度の戦いに出てくる将軍じゃ大したことがねえに決まってるだろ」

そんな風にのんびり会話する余裕すらあったエルザークたちだったが、その余裕は開戦後、十数分で吹き飛んだ。

「ロイ!?」

声を発したのはオルスであった。

「え!?」
「ロイがいるぞ!…危ない!!」

言われた視線の先に確かに見覚えある姿がある。エルザークたちにとっては懐かしい友の姿だ。しかし孤立している上、敵に囲まれている。

「チッ!!…アーノルド!!」
「ハイッ!!華炎連弾!!(ラ・ゼディーガ)!!」

エルザークの叫びに応じたアーノルドが4人の敵から一斉に襲いかかられたロイをかばって火炎弾を放つ。本来の武具がない上、とっさの技だったため威力は大したことがないが、時間稼ぎには十分だ。

「地神の手!!」

アーノルドが稼いだ貴重な時間にエルザークは印を発動させた。地面から生え出た巨大な土の手がひるんだ敵を捕らえて地面へ引きずり込もうとする。
その間に最初にロイを見つけたオルスが駆けつける。
地神の手をかろうじて避けたもののバランスを崩していた敵にとどめを刺し、ロイの腕を捕らえる。

「深入りしすぎだ。来い!」

しかし少々遅かった。周囲の状況を読み慣れていないロイは経験の浅い新兵と似たり寄ったりだ。周囲の戦況を読み切れず、退却しそこねていたのだ。オルスたちが見つけることができたのも、彼が目立っていたからだ。
味方に目立つということは敵からはもっと目立つ。

「オルス、大技が来るぞ!!」

完全にターゲットにされているロイとオルスに叫んだのはエルザークだ。
なるほど、敵陣に大きな気を感じる。間違いなくこちらへ向かう気の流れ、そして殺気だ。
注意を促しながらエルザークが地面に手をつけたのを見て、オルスは印を発動させた。
今やるべきことは少しでも威力を削ることだ。

「来たぞ!!風華陣(ライ・ガ)だ!!」

風と炎の上級合成印技、風華陣(ライ・ガ)は、火花を放つ巨大な旋風だ。ややバランスが悪く、ゆらゆらと揺れがながら、周囲を吹き飛ばしてこちらへ飛んでくる巨大な旋風は大きな破壊力を持ち、射程範囲が広い。巻き込まれたら即死クラスのダメージを受けることは確実なだけに大きな脅威となる。

背の印を輝かせたアーノルドが飛び出し、10m以上ある炎の刃を剣の先から飛ばす。

「『聖マイティスの刃(グラザナード)!!』」

大きな印の技に耐えきれなかった剣が見事に砕け散り、放たれた紅い刃は旋風にぶつかった。若干、旋風が押されたように向かってくる動きが鈍る。

「『聖ペイランの槍(ロデ・ガルンダ)!』」

続いて発動されたオルスの土の技が地面から吹き飛ぶ。地面から巨大な槍のような矛先を突き上げるこの技は土の印には数少ない攻撃技の一つだ。旋風を突き上げるように雷に似た轟音を立てて巨大な土の槍が戦場に出現する。見事に直撃を受け、旋風の威力が弱まる。
しかしさすがに上級の合成印技だけに消滅させることはできない。

「エルザーク!!」
「任せろ!!」

間一髪、オルスとロイの目前に出現したのは光の盾だ。
十数メートルぐらいの巨大な光の盾が現れたかと思うとその盾の前の地面と上空に光の魔法陣が出現している。

「食らえ!!地神解印『地神裁門(メル・ペイラン!!)』」

すべての印の技を消し去る最高難易度の上級印技だ。使用するには印に印を刻む契約を必須とする。
天と地に現れた巨大な魔法陣が旋風を挟み込んで強く輝く。その瞬間、オォオオオという大きな雄叫びのような声が聞こえたに思えた。
数瞬後、天と地から放たれた光は旋風を霧のように溶かして消えた。

「よし!!オルス、早く!」
「オルス先輩!!ロイ先輩を早くっ!!」
「ああ!」

呆然としているロイの腕を引き、オルスが後方へ退却していく。
その二人をかばうようにアーノルドとエルザークが動く。

「まさか、まさかと思うッスけど、あの風華陣(ライ・ガ)って!」
「考えたくねえな、考えるな、アーノルド」
「せんぱい〜っ」
「考えるなって言ってるだろ。この状況でシグルドとアグレスに会ってたまるか!」

風華陣を得意とするガルバドスの敵将に二人は心当たりがある。シグルドとアグレスはアーノルドたちにとって天敵に近い敵だった。
敵からの再攻撃はなかった。大技を解除されたことで動揺が走っているのだろう。
その間に二人もしっかりと退却したのであった。