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◆ディンガルの黄金獣(13)


騎士たちが立ち去った後、ロイは当然の疑問を問うた。

「なんでガルダンディーアを扱えるんだ?」

それは周囲で興味津々の傭兵たちの疑問でもあるだろう。
オルスは苦笑し、エルザークはどう答えようかと視線を彷徨わせた。
困ったような顔をしたアーノルドは先輩に助けを求めるように視線を向けた後、返答がもらえないと判るとしどろもどろに口を開いた。

「え、ええと…し、知り合いッス」
「ガルダンディーアが知り合い?」
「そ、そう…ッス。ま、まぁ昔から知ってて…」

一応、嘘ではない。
しかしその説明はないだろうとエルザークは思った。
思ったが訂正はしなかった。どう答えたらいいのか、エルザークにも判らなかったためである。
確認するように視線を向けられ、オルスはゆっくりと口を開いた。

「嘘ではない。事実だ。」
「何で知り合いなんだ?」
「答えづらい質問だな。何故、扱える者と扱えぬ者がいるのかはガルダンディーアの選定によるものだから俺にも判らんのだ。恐らく騎士団の方でも答えられぬだろう。基準はガルダンディーア自身にある」
「あんたらは選ばれたということか」
「そうだ。ガルダンディーアは我々三名を受け入れてくれた。だいぶ前の話だ」
「だいぶ前?」
「これ以上は答えられない」

その時、静かな声が響いた。

「お主ら、ここにいてよいのか?騎士団の方からお偉方らしき者たちがこちらへ来ようとしているぞ」

ロイには判らぬ謎の声に、オルスたちは顔を見合わせた。

「ガルダンディーアに関して報告がされたか」
「ふむ…今の騎士団長はどなただ?」
「チッ……いずれにせよ、今、対面するのは面倒なことになりそうだな。事情が判明するまで身柄を拘束されるのは間違いない」

歴史は違えど、騎士団の考え方や傾向に関しては知り尽くしている三名だ。
結論は直ぐに出た。

「仕方ない、一旦逃げるぞ」
「間に合うッスかね!?」
「歴史家殿、時間稼ぎを頼む」

歴史家殿、と呼ばれた声はため息混じりに答えた。

「仕方ないのう」

ザアッと目を覆うような強い突風が吹き荒れたかと思った瞬間、サァ…ッと不自然なまでに濃い霧が突如として発生し、周囲を覆い尽くす。
驚愕の声が周囲で上がる中、驚くロイの手を取ったのはオルスだ。彼は濃い霧の中をまるで周囲が見えているかのように躊躇いなく走っていく。

「お、おい、どこにっ」
「喋るな」

制止の声をあげたのはエルザークだ。
騎士団から逃げている最中だ。声でばれるのを防ぐためだろう。

「問題ない。彼らには違う方角から声が聞こえているだろう」
「へえ」
「さすがは歴史家殿だ。ありがとう」
「構わぬ。しかし時間の問題やもしれぬぞ。お主らがディンガルの地に留まる限りは」

確かにその通りだ。
そのまま、どんどん走っていく。
ロイは腕を引かれつつ、濃い霧の中を必死についていった。
そうして、ロイの足が限界になるころ、三人はようやく速度をゆるめた。

「…ほとぼりが冷めるまで他の地に行った方がいいか」

走るのを止めて歩き出したエルザークが呟く。
ロイが息を切らしているのに対し、他の三名は誰も切らしていない。明らかな体力差にロイは内心ため息を吐いた。実力差は実感していたが、ちょっとしたことでも現れる明確な差が今のロイには痛い。一人で生きていくことを決意していたが、やはり目の当たりにするときついものがあるのだ。

「…人を隠すには人の中。王都に行くか。近衛軍の情報も仕入れておきたい」

エルザークの提案にオルスは頷いた。

「決まりだな」
「少しでも良い武器が手に入るといいんですけどねー。今のままじゃろくに戦えないッス」

アーノルドがぼやく。
あれだけの戦闘力を見せておきながら、ろくに戦えないなどと言っているアーノルドにロイは驚き呆れた。

「なぁ…追われてるのはアンタらだろ。俺は王都には知り合いもいねえし、ディンガルに戻ろうかと思うんだが」

今のままでは足手まとい以外の何者でもない。彼ら三人にとっても負担だろう。
そして他の地を知らないロイにとって、ディンガル以外の地で傭兵をすると言うことは今以上に戦いづらくなる。そんな命知らずな真似をする気はないロイは離別を申し出た。
しかしその提案はあっさりと拒否された。

「それは困るッス」
「すまんが、ついてきてくれ」
「迷惑かもしれないが、ロイが一人前になるまでは俺たちが守るから」

異口同音に告げる三人にロイは叫んだ。

「…だから!!足手まといだろ!!こっちもそんなお荷物状態はゴメンだから離れてやるって言ってんだよ!!」

守られるのは柄じゃないのだ。ずっと一匹狼で戦ってきた。
三人の中にいるのは疑問に感じていた。ロイでも判る強い絆が三人には感じられる。
自分だけが異分子のようで居心地の悪い空間だ。

口を開こうとしたエルザークを制したのはオルスであった。

「ロイ。……俺は一度お前を殺した」

ぎょっとするロイに対し、オルスは真顔で見つめ返した。

「?? …何を言って…」
「俺の無謀な命令をお前ともう一人の友は守ってくれた。酷い命令だと愚痴りながらも誠実に守り、果たしてくれた」
「何…?わけがわかんねえ…。誰かと勘違いしてるんじゃ……」
「判らないかもしれない。それが当然だろう。それでも我々にはそれが真実だ。いつか話そう。お前じゃないお前の話を。だがそれは今ではない。ただ一つハッキリ言えることがある。お前に命の危機が迫ったときは俺の命と引換にしてもお前を守ると誓う」

自分よりも遙かに強く男らしく、騎士の見本にできそうな男が、命と引換にしてでも守ってくれるという。
そんなあまりの状況にロイは驚愕した。

「実際に助けられたのは俺らなんですけどね」

軽い口調で、しかし眼差しは真剣に口を挟んできたのはアーノルドだ。その隣でエルザークも頷いている。

「そういうわけなんで、ロイのことは守らせていただきますよ」
「心配いらん。将軍職相手でも守ってやる」

本当に自信があるのだろう。きっぱり告げるエルザークには過剰な自信と思えるところが全くない。
あまりに豪華な護衛にロイは言葉を失ったままだ。見目も実力も確かな三人がロイを守ると言い切っているのだ。
女性なら泣いて喜びそうな状況だが、ロイにとっては戸惑うばかりである。

「わけ…わかんねえ…」

しかし彼らが嘘を吐いているわけではないことだけは判った。
ロイにとっては覚えのないことばかりだが、彼らがロイにこのような嘘を吐いたところで何のメリットもないからだ。未熟な傭兵に過ぎないロイには何の資産もなく、失って恐いものなど何もないのだ。

「…いいぜ、一緒に行ってやる」

勇気がいることだったがそう告げると三人の表情がゆるんだ。

「よろしく」

最初にそう言い、手を差し出してきたのはオルスだった。
まるで騎士のように礼儀正しい行為にロイはまたも驚く。
その大きく温かな手を握り返すと、次にエルザークが手を差し出してきた。
人として基本的なマナーがきっちり身についている三人はまるで傭兵らしくない。

「あんたら、傭兵っていうより騎士みたいだな」

ロイが思わずそう呟くと最後に握手したアーノルドが笑った。

「はは、そうかもしれないッスね。けどそれも悪くないでしょ?」
「まぁな」

そう呟くと別なる声がロイを呼んだ。

「こら、新入り。私を忘れているぞ」

何を忘れているって?と振り返ったロイは、オルスの肩の上の小竜に驚愕した。しゃべったのは小竜だったのだ。

「私は黒竜グィンザルドだ。こやつらと旅をしておる」
「黒竜っ!?まさか七竜のうちの一匹か!?」
「あやつらと同種なのは確かだがの。それにしてもおぬし、弱そうじゃのう。まぁ死なぬよう頑張るがよい」

あまりに小さな手を差し出され、ロイは指先でその手を握り返した。何しろ体格自体が手のひらサイズの小竜なのだ。まともに握手ができるはずがない。

「ところでロイ。俺とエルザーク先輩って夫婦なんですよ。ですから宿の部屋割りはオルス先輩とよろしくお願いしますね」
「はぁ!?あんた、結婚しているのかよ!?しかも相手がこっちの人かよ!?」

エルザークが顔を赤らめ、オルスが苦笑する。
この連中と一緒にいると驚くことばかりだ。
今日は一生分驚いたんじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ、これから先、ちゃんとやっていけるのか思わず不安になるロイであった。

<END>