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◆ディンガルの黄金獣(7)


翌日、アーノルドたちは同じ酒場に出向いて、見知らぬ傭兵たちの出迎えを受けた。
実は昨夜、アーノルドたちのことは傭兵たちの間で結構な噂になっていたのである。そして血気盛んな傭兵たちが興味を持たぬ訳がなかった。
彼らは噂の傭兵たちの実力を直に確かめようと待ち伏せていたのである。

(ったく、目立ちたくなかったのに何でこんなことになるんだ?)

当然ながらやり合う気満々のアーノルドに相手を任せ、一体どこでミスったのかとエルザークは反省しつつ舌打ちした。

「なんだ、てめえらはやらねえのか?ガキにばかり戦わせるなんて恥ずかしいと思わねえのかよ?何なら俺たちが相手をしてやるぜ?」

酒場は結構な人数だ。その誰もが興味津々でアーノルドたちを見ている。
あからさまな煽りにエルザークは冷めた視線を向けた。

(アホか。どっちがガキくせえんだか)

どんな罵声を向けられようと喧嘩をする気は全くないエルザークである。
彼は悪言雑言に慣れている。騎士団の最高位近くの地位にいればイヤでも見たくない世界を垣間見ることになる。貴族の相手をやむを得ずせねばならないことも多かったのだ。冷ややかな心理戦に応じるのはいつもエルザークが中心だった。そうせざるを得なかったのだ。

「…ハクローがいるな」

オルスがささやくように呟く。
何気ない様子を装いつつささやかれた言葉にエルザークはちらりと視線を投げた。
なるほど、人混みの中に隠れてその姿がある。黒の混じった紅い髪。ここからは見えないが真紅の瞳を持つその男は二大傭兵団の一つ『地の蠍』の幹部だ。そしてのちにそのトップに立つ男でもある。

「…クゼンはいないようだな…」

もう一つの傭兵団のトップに立つ男はいないようだ。

「武器を抜け!!」
「えー、もったいないから嫌ッス」
「なんだと!!バカにしやがって!!すぐに後悔させてやらあ!!」

アーノルドの『勿体ない』は本音だろう。本来の武具ではない剣を使って戦うと、剣の方がアーノルドの印の威力に耐えきれずに壊れてしまうのだ。
しかし当然ながら相手の傭兵には『剣を抜くまでもない』と受け取られてしまった。
それもまた真実ではあるのだが、事情を知らぬ相手が怒っても無理はない。

勝負は一瞬でついた。
あっさりと相手を一撃で伸したアーノルドは『弱い』とつまらなそうに呟く。

「んなことやり合う前からわかりきってるじゃねえか。何の期待をしてたんだ、テメエは」
「だって少しは面白いかもって思ったんスよ。こういう場所らしく酒場らしい戦いとか」
「相手との実力差すら見切れねえアホに期待したところで無駄だ。そもそも酒場は飯と酒を飲むところであって、喧嘩の場所じゃねえ。とっとと飯を食うぞ」

そこへ空を切ってナイフが二本飛んできた。そのナイフは三人に触れる前にぴたりと止まり、床へと落ちた。
三人はナイフが飛んできた方向すら見ず、何事もなかったかのように奥のテーブルへと向かう。



その様子を見ていた男たちがいる。さきほどエルザークとオルスにその存在を意識されていた者達だ。
ハクローと呼ばれた男は『まだら蛇のハクロー』という異名持ちの傭兵だ。傭兵の中でも異名を持つ者はそれだけ腕の優れた傭兵であることを示す。
二十代前半と若く、紅い髪に黒を入れたまだらの髪が目立つ彼はすでに大きな傭兵団の中でも一目置かれるものとなっている。
彼は行儀悪く椅子に胡座を掻いて座りつつ、いつも行動を共にする相方の男を振り返った。

「ネストル、見たか?」

ネストルと呼ばれた黒髪の癖の強い髪を持つ長身の男は口元だけで笑んだ。やや強面の無表情に近い男だ。

「面白い。……三人とも相当な使い手だな」

ハクローは笑って頷きつつ、麦酒の入った器を手に取った。

「同感だ。絡んだヤツと実力差がありすぎて見極めきれなかったが、ありゃあヘタしたら将軍クラスだな。ナイフを落とした地の防御壁。まるで呼吸するかのような瞬時の発動だったぜ。あれほどの印の使い手は見たことがねえ。ゾクッと来たぜ」
「……本当に傭兵かな」
「さぁな?だが確かに面白れえ。しばらくは退屈せずにすみそうだ」

ハクローは悪戯好きで面白いことが大好きだ。お祭り騒ぎも喧嘩騒ぎも大好きという性格をしている。しかし実力と器の大きさは確かでカリスマ性が高い人物だ。そのため、のちに傭兵団の長となる。しかし今はただの幹部の一人だ。

「ヘタにちょっかいを出すなよ」
「判ってら。奴らの実力が判るまでは眺めてるよ。だがあいつら面白れえ。迅牙どもにはやりたくねえなぁ…」

二つの傭兵団、地の蠍と冬の迅牙は不仲だ。実力が拮抗しており、町で起こる小競り合いの大半はこの二つの傭兵団に所属する者達で起きている。

「あれだけの実力があれば彼らの気が向かぬ限り、どこかに属することはないと思うが」
「まぁな…」

傭兵団は有利な部分とそうでない部分がある。傭兵団に属しているといざという時の後ろ盾があることになり、いろいろと利便性が効く。地の蠍や白の迅牙の場合は安めに使える医院や宿、鍛冶師などがある。傭兵団と契約しているのだ。
そして傭兵団に属していると死ににくい。戦場で助け合えるからだ。しかし傭兵団内部の掟があり、ある程度しがらみが出てくる。
フリーの傭兵は身軽な反面、それらがない。一長一短なのだ。
どちらを選ぶかは傭兵次第。地の蠍や白の迅牙ほど大きな傭兵団になるとメリットが大きい分、属する方を選ぶ傭兵が多い。新人だと尚更だ。
だが実力ある傭兵はそれだけ稼げる。つまり傭兵団に属するメリットが薄くなる。

「しばし静観するか…」