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◆ディンガルの黄金獣(6)


その夜のことである。
三人は安めの宿に部屋を取っていた。
室内は安っぽい寝台と簡素な椅子があるだけだ。
黒竜グィンザルドは、オルスに武具の相談を受け、夜空の宝石のような瞳を己の使い手へ向けた。

「ドゥルーガに武具を作ってもらうという判断は正しい。奴の鍛冶の腕は確かだ。文句なしに最高の武具を打つであろうよ」
「だが我々はこちらの世界では彼と面識がない。仲介していただけるか?」
「ふむ。別に不仲というわけではなし、仲介だけなら可能だが、奴への報酬は用意してあるのか?材料費がかかる。最高の武具を作ってもらうのに無料でというわけには、いかぬだろう」

やはり金が必要かと三人は頷きあった。予測できていたことだったので驚くことはなかった。

「しかし、あやつの使い手が軍人とはのう」

どこかしみじみとした様子で黒竜が呟く。

「意外か?」
「意外だ。あやつはとにかく鍛冶にしか関心がない奴での。今までの使い手も殆どが鍛冶工芸の職人ばかりじゃ。ワシの知る限りではあるが、軍人を使い手に選んだことはない。紅竜リューインや青竜ディンガのように戦場を好んでいるわけでもないしの。どういう風の吹き回しやら」
「紫竜の使い手がこの国の騎士である限り、紫竜は青竜と戦場で会うことになるだろう」

オルスの言葉に黒竜は驚かなかった。しかし意外だったのか、やはり小首をかしげている。その仕草は疑問をたっぷりと含んでいるかのように見えた。

「不思議か?使い手が軍人同士だ。不思議はなかろう」
「……」
「会ったとしても問題はないと思うが。青竜は紫竜がいる戦場では前線に出てこようとしなかった。その点、我々は非常に助かっていた。青竜が吐く毒霧は非常に厄介だったからな」

オルスの説明に黒竜はやれやれと言わんばかりに頷いた。

「それは当然じゃろう。ディンガやリューインがワシらと戦いたがるわけがない」
「七竜同士は争わぬもの、だからか?」

昔聞いたことがある紫竜の使い手スティールの台詞をなぞるように問うと、黒竜は頷いた。

「それもある。だが戦ったとしてもディンガやリューインではドゥルーガには勝てぬだろう」
「それほど彼は強いのか?鍛冶師なのだろう?彼は」

意外そうに問うたオルスに黒竜は頷いた。

「そう鍛冶を好んでおる」
「つまり戦闘職ではないということだろう?」
「そう、戦闘職ではない。だがそれは我々にとって大した問題ではない。単に相性の問題だ」
「相性…」
「あやつはとにかく器用なヤツで、5属性すべての印を使いこなす印づかいの達人だ。ディンガやリューインのような大技こそないが、頭が良くて器用だから、小さな力で大きな力をはじき返すことぐらい、難なくやってのける」
「なるほど…」
「あやつはとても記憶力がよくて、一度見たものを忘れない。長老格だから年下のリューインやディンガの能力をよく知っている。ドゥルーガにも弱点がないわけではない。だがドゥルーガが相手ではディンガやリューインでは分が悪い。しかも今は器となる使い手が四重印の持ち主なのだろう?ドゥルーガと組めば何重もの多重印技が可能だろう。ディンガの使い手の能力次第ではあるが、恐らくディンガたちでは不利だ」
「なるほど…」
「ディンガが攻撃してこようとしないのは当然じゃ。放っておけばドゥルーガは攻撃してこないと判っておるからの。ドゥルーガは戦いを好まない奴なんじゃ」
「すごく強いのに勿体ない気がするッスね」

黒竜はちらっとアーノルドへ視線を向けた。

「お主、やりたくないことはしたくなかろう?」

心なしか、それは子どもに問うような声であった。

「もちろん!」
「そういうことじゃ」

戦いたくない。だからやらない。それだけなのだと黒竜はあっさりと告げた。
なるほど、と思わず納得するアーノルドであった。