西への道中である。
街道沿いの飲食店へ入った三人は昼食中であった。
平民レベルの食堂はお昼時とあって、それなりに混んでいて賑やかだ。
「んー、おいしーっ」
「まだ食う気か、お前はっ」
「だって俺等、肉体労働職ッスよ。食べなくてどーするんですか」
卓上の空になった皿の数に呆れ顔のエルザークへ、アーノルドは真顔で返答した。
(やせの大食いってのは、こいつのためにある言葉だな)
アーノルドは確かに長身だ。それでもこれは食べ過ぎだろうとエルザークは思う。
その隣でオルスは穏やかに笑っている。
彼の椅子に立てかけてあるのは盾。黒い小竜の別なる姿だ。
三人は傭兵として西の地ディンガルを目指していた。
(こいつがこんな調子じゃ食費に全部消え失せちまうな)
そう思うエルザークであったが、実際のところ、彼等が持っている金はすぐに消えてしまうような金額ではない。
エルザークら三人は、元々、狩りに出ていた。アーノルドは大した金は持っていなかったが、貴族の生まれであるオルスと慎重派のエルザークが金貨を持っていたのだ。この世界で金貨は基本的に貴族が使う大金だ。平民ならば当分の間は遊んで暮らせるだけの金額である。そのため、当面の生活に関しては問題なかった。
「それにしても武具には困りましたねー」
そう告げるアーノルドにオルスも頷く。
彼らは狩りの最中に今の世界へ飛ばされた。
本来の武具を持ってきていたのは武具が弓矢であるエルザークだけであり、アーノルドとオルスは仮の武器しか持ってきていなかった。
彼ら三人の武器は特別製だ。戦いが多いディンガルでトップへ上り詰めた三人は武器も妥協することなく、最高の物を使っていた。
そしてその武器を作った鍛冶師は…。
「紫竜ドゥルーガ殿にまた依頼することができたらいいが…」
「問題は金だな。すごく高額だからな」
「でも武器には変えられないッス!!」
アーノルドも真剣だ。彼の強大な印を存分に発揮できるのは紫竜ドゥルーガが作った武器だけだからだ。通常の武具では強い印の力に武器が耐えきれずに破損してしまう。武器が手元にないことで一番困っているのは間違いなくアーノルドだろう。
「とりあえず金を貯めて、ドゥルーガ殿に頼むしかないだろ」
「ですね。頑張りましょう!」
「うむ。そうだな」
そう簡単ではないだろう。一人の武器につき、家が一軒建ってしまうような金額が必要だからだ。
かつては高収入の職についていたから何とかなった。しかし今は傭兵という身だ。
(それにしても傭兵としてディンガルへ戻ることになるとは思わなかったな)
13歳でディンガルの士官学校へ入り、そのままディンガルの騎士となった。
体が動かなくなって、引退するまでずっと騎士であり続けるだろうと信じていた。
騎士以外の自分など想像したこともなかったのだ。
(俺より戸惑うかと思っていたオルスが意外だったな)
エルザークはそう思う。
貴族出身であり、エルザークと同じく騎士団育ちのオルスだが、実際のところ、エルザークよりも現状に馴染むのは早かった。
そんな彼は昔からこの三人の中ではリーダー的存在だが、今回も決断を下したのは彼だった。
『ディンガルへ行こう』
迷いのないオルスの言葉に戸惑ったのはエルザークだった。
『顔を知ってる奴等に会ったらどうするんだ?』
そう問うたエルザークにオルスは笑った。
『こっちは知っていても彼等は俺たちを知らない。そんな世界になってしまっているんだ。つまり初対面になっているからそういう風に接すればいい』
『それでも俺たちは知ってるだろ。やりづらいじゃねえか。何でわざわざディンガルに戻る気だ?戻っても騎士に戻れはしないんだぜ?』
もっともなエルザークの疑問にオルスはいつも浮かべている笑みを消した。
『助けたい者たちがいる。今なら亡くなった友や部下も生きているはずだ』
『!!』
『俺たちの世界ではいらっしゃらない双将軍をお救いできた。同じように彼等も助けられるんじゃないかと思ってな』
かつての世界では失ってしまった大切な存在。その姿を思い出し、エルザークは納得した。
確かに助けられるものなら助けたい。
『判った。そういう理由なら行くことに反対する気はない』
『先輩たちがそう決められたのなら俺も構わないッスよ。必ず助けたいッス!!』
『あぁそうだな』
『それに同期や他の先輩たちが、今は俺より年下なんスよね、楽しみ〜っ』
前向きなアーノルドは楽しげに笑った。
(こいつは何処に行っても逞しく生きていけそうだな…)
どんな場所でも驚異の適応能力を見せる後輩の嬉しそうな姿に苦笑するエルザークであった。