文字サイズ

◆ディンガルの黄金獣(1)


北の大国ホールドスは多民族国家の国である。
数多くある民族の中で大きな勢力を持つ民族は5つ。現在はそのうちの一つ、クラハ族が王権を握っている。
残る四つの民族はそれぞれ、北、東、西、南の覇権を握っている。
プライドの高い四つの部族はそれぞれ傘下に少数民族を抱えている。
部族同士は不仲だ。彼らは常に他の部族を潰す機会をうかがっている。昔から部族同士の争いがこの国に影を落としている。
その部族同士の不仲を乗り越え、大国を作り上げることができたのは絶大な力を持つ『存在』のためだと言われている。
『白き神竜』と呼ばれる七竜の一つ、白竜がクラハ族とともに居るからである。

白竜ホースティンは、ホールドス国のクラハ族と共に暮らしている。
それはかなり長い年数だ。長い歴史を誇る大国の建国時からいるのだ。
南に接する大国ウェリスタと匹敵する長い歴史を誇るホールドス国は、国土も広いが、王城も広い。一つの町がすっぽり入るほどの広さを持つ。
ホースティンはその広い王城を殆ど動くことなく過ごしている。
その日もホースティンは気に入りのクッションの上で眠っていた。

「ローグ殿が亡くなったか…」

眠りに落ちていたホースティンは、耳に入ってきた声に、動かぬまま意識を浮かび上がらせた。

「血気盛んな人だったが、死ぬほど悪い人ではなかった。南のワーズ族は報復戦を要求してくるだろう。だが報復戦に出るにも時期が悪い。勝手に出陣した彼も彼だ。死した人に恨み言を言っても意味はないが…」

ため息混じりの声にかぶせるような強い声が響く。

「当然です。王の忠告に従わぬ愚か者がなるべきようになっただけのこと。王が心痛められる必要などございません!」

そう告げたのは金髪碧眼の騎士姿の男だ。あっと驚くような美貌でありながら口にしていることは辛辣だ。自業自得なので報復戦など無用と言っているのだ。

「そうか?私は出てもいいと思うがな。鬱陶しい南を片付けるいいチャンスだ」

体格がよく、艶やかな黒髪を持つ冷たい容貌の青年がそう言い、反応を見るようにちらりと玉座を見つめて続ける。

「双子は負傷しているという確かな報が入っている。双将軍が出られない今が好機だ」

黒い鎧を身につけ、長剣を腰に差し、どこか血生臭さを感じさせる青年はそう言って、反応を確かめるように王を見つめ続ける。
室内にいるのは五人。同じ場にいながら、発言を他者に任せて黙り込んでいるのは二人だ。
一人は黄色の強いクリーム色のウェーブの髪を持つ青年。軽そうな雰囲気を持つ人物だが場を見つめる目は鋭い。
もう一人は黒髪黒瞳を持つ青年。騎士服をやや着崩し、玉座の隣で片膝を立てて行儀悪く座り込んでいる。王の足下にうずくまるかのようなその姿はまるで番犬のようだ。

ホースティン、と玉座に座る人物に名を呼ばれ、白い小竜は眼を開けた。小竜気に入りのクッションは玉座の真横に設置されているのだ。

「お前はどう思う?行くべきか行かないべきか。それだけを教えてくれ」

小竜は動かぬまま、赤い眼で灰色の眼差しを見つめ返した。

「行くな」

小竜の返答に灰色の眼差しを持つ青年は頷いた。

「同感だ。たとえ報復戦とは言え、今は時期が悪い。ありがとう」

小竜の寵愛を受ける青年の名はホルドウェイ。
十代半ばで大国の王につき、未だ二十代の若き王である。