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◆黒き歴史の傍観者(8)


茶色の温かそうな毛皮の兎はすっかり冷たくなっている。
アーノルドは己が射た兎を持ったまま首を傾げ、傍らの先輩兼同僚を見上げた。

「……なんかヘンじゃないッスか?」

何がとは言わない。言わずとも通じているという核心がある。常に戦場に身を置く二人は言葉がなくても会話ができる。

「そうだな」

二人は同時に友が来るべき方角を振り返る。

狩りへ行こうと言い出したのはいつものごとくアーノルドであった。
実りの秋は国中が忙しい。出稼ぎで兵役をしている兵たちも帰省するために長期休暇制度が設けられている。
他国も多忙であるために秋の侵攻はほぼゼロに近い。わざわざ飢える危険を冒してまで侵略を考えるおろかな国はいないのだ。故に多忙な将軍たちもまとまった休みがとれる。
近隣には狩りに適した森がないため、たまには遠方で狩りを楽しもうと一足先に冬支度を始めている北方へ足を伸ばしたのである。
 
他に獲物でも見つけて追っているにしても時間が経ちすぎている。
何よりエルザークはそういうタイプではない。狩りを楽しむにしても一人だけで獲物を追うタイプではなく、皮肉を言いつつ見ていることを楽しむタイプなのだ。
当初はアーノルドも「そんなので面白いのだろうか」と疑問に思っていたが、次第にそれがエルザークなりの楽しみ方なのだと判るようになった。獲物を追わずとも周囲の風景や空気、職場とは違った開放感などを彼なりに楽しんでいるらしいと。

アーノルドはきつく眉を寄せた。狩りを楽しんでいた明るい雰囲気を戦場の緊張感あふれるものへと変化させ、オルスを見上げた。
ディンガル騎士団の長オルスは、後輩であり副将軍であるアーノルドの視線を感じ、無言で頷いた。

「行くぞ」

翼を持つ魔獣の紋章をかかげた二頭の馬は主の鞭を受け、走り始めた。