文字サイズ

◆黒き歴史の傍観者(7)


約一時間後、エルザークはかなり離れた場所まで逃れ、休憩を取っていた。
エルザークは困惑しつつ地面に降ろした意識のない相手を見つめた。
銀色の髪、水色の瞳。身につけた甲冑とその甲冑に刻まれたサンダルス公爵家の紋章。
すべてが記憶通りのその姿。
そして見覚えある光景。記憶通りの場所。

(追っ手はいない。竜はあの場から動けない。あの場には一瞬で芯まで炭になった木々しか残らない)

約10年前の記憶がエルザークにはハッキリと息づいている。
そう………ここは十年前のセイーラなのだ。

魔の森セイーラ

そう呼ばれる異名がエルザークの中に蘇る。

(わけわかんねえ。俺の頭は今、ぐちゃぐちゃのバターのようになっているに違いないぜ)

理解しがたいことが起こっている。
そんなことを思いながらも身に付いた習性で、手は冷静にアーウィンの手当をしている。意識を失った『北の双玉』と呼ばれる双子の片割れは呼吸が荒い。それもそのはず。助かるかどうか微妙な重傷であった。
 
『北の双将軍』
『北の双玉』

そう歌われた双子将軍の片割れ。
十代前半から戦場に出て、幾多の激戦を勝ち抜いてきた双子たち。
彼らを失ったとき、北方領土の、そして国全体の嘆きは相当なものだった。それほどに二人は慕われていた。
エルザークもハッキリと覚えている。諦めきれずに最後まで森の捜索に残った一人だったのだ。

その片割れが今、目の前にいる。

(こんなに若かったんだな)

エルザークは白すぎるほど白いその顔色を見ながらそう思った。
十年前、アーウィンは19歳だったエルザークの3つ上だった。しかしくぐり抜けてきた死線の数は段違いで、アーウィンはエルザークの目からは遠いところの人だった。手の届かぬ世界の人だった。
十年経った今、アーウィンとエルザークの年齢差は逆転している。体格は大差ないが、得てきた経験の差はどうなっているだろう。
 
おかしな世界だ、とエルザークは思う。今自分が十年前にいること自体が信じられないのに不思議に冷静な己がいる。

(とりあえず彼を救わねば)

そして元の世界に戻らねばならない。何故ならばアーウィンは十年後も発見されていないからだ。つまり過去の世界では彼は助からないか見つからないのだ。
そしてそれはローウィンも同じで。

(オルス、アーノルド、何処にいる?)

十年後のセイーラには親友と後輩がいる。幾度も同じ戦場を駆け抜けてきた戦友たちが。 勘のいい後輩ならば自分たちを見つけてくれるかも知れない。
穏やかで冷静な親友は情が深い。自分を見捨てたりはしないだろう。
そして彼らはアーウィンとローウィンを知っている。
エルザークの想いによってほのかに輝いた球にエルザークは気づかなかった。