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◆黒き歴史の傍観者(6)


強い衝撃に吹き飛ばされた。
その瞬間のアーウィンに認識できたのはただそれだけであった。
地面か木の幹に叩きつけられると思った次の瞬間、聞き覚えのある鳴き声と異なる感触に受け止められる。
失血にかすむ目を凝らし、アーウィンは自分を受け止めてくれた相手を振り返った。
アーウィンがかろうじて確認できたのは男の胸と馬の顔であった。鳴き声は馬のいななきであったのだ。

(……人…間……)

そんな当たり前のことがアーウィンに大きな安堵をもたらした。

「なんだ、アレは……!?」

驚愕の声が聞こえる。恐らくあの竜のことだろうとアーウィンは思った。

「逃げ、ろ、あれは手に負えない……」

ついでアーウィンを大きな恐怖が襲った。強い衝撃に吹き飛ばされた自分。その時意識がなかった弟は…!

「ロ……ローウィン!ローウィンは!?」

闇雲に探そうと立ち上がるアーウィンを相手は易々と抱き留めた。

「落ち着け、まずは目の前の敵を倒してからだ」

冷静な男の声にアーウィンは自分が冷静さを失っていることに気がついた。

「コレを飲んでいろ。苦いがよく効く」

渡された小さな丸薬をアーウィンはよく知っていた。常用すれば麻薬となる強力な痛み止めだ。副作用が強いためあまり好ましくない薬だが戦場では欠かせぬ薬であることも確かだった。これを持っているのであれば相手は歴戦の戦士らしい。

男は馬に付けた鞄から油の入った袋を取り出し、慣れた手つきで矢に結びつけた。
弓は戦弓と呼ばれる巨大な弓だ。強力な破壊力を誇る分、その弓を引く腕力も必要とされるため、騎士の中でも扱える者は限られている。更に器用さも必要とされるため、使い手は更に少なくなる。それだけの腕力を必要とする者は前線で槍や剣を振るった方が戦力となるためだ。
ぎりぎりと張りつめた弓に力が籠もっているのが見ていて伝わってくる。

「…1、2、3…行け!!」

放たれた矢は正確に竜の頭部に突き刺さった。命中した矢は竜の頭部を炎に包み込む。
男は即座に次の矢を番えた。二矢目、三矢目と次々に竜の喉へ突き刺さる。吸い込まれるように当たった矢は何らかの力が籠もっていたのか、竜の巨体が揺らぐ。

(何者だ、こいつは)

冷静な判断、戦場に慣れた雰囲気。そして見知らぬ敵に動じぬ強さ。
ここまで正確に強弓を扱う者をアーウィンは知らなかった。目の前の男は幾多の戦場を駆け抜けてきたアーウィンが知る中でも確実に十指入る腕の戦士であった。

「…おかしいな。…ペル、来い!」

よく躾けられているのだろう。名を呼ばれただけで素早く駆け寄ってくる馬に乗ると男はアーウィンを片手で引き上げた。その腕力にアーウィンは驚く。

(本当に…何者だ?)

「ローウィンを…」
「あいにくだが他に生き残りがいるとは思えん、行くぞ」
「まて、ローウィンを!!」

男は止めようとするアーウィンを無視して馬を走らせた。数秒後、巨大な爆発音が響き、アーウィンは見慣れぬ竜が爆発したことを知った。ローウィン探索のために残っていたら爆発に巻き込まれていたことだろう。

「やはりか」

男の呟きでアーウィンは男がこのことを予測していたことを悟った。
失血でかすむ視界の中、男の紺色の髪がアーウィンの印象に残った。